インドラヴァルマン
インドラヴァルマン2世 इन्द्रवर्मन् २ | |
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チャンパ王 | |
在位 | 854年頃 - 898年 |
死去 |
898年 |
配偶者 | ハラデーヴィー |
王朝 | 第6王朝 |
父親 | バドラヴァルマン |
インドラヴァルマン2世(サンスクリット語: इन्द्रवर्मन् २, ラテン文字転写: Indravarman II, 生年不詳 - 898年)は、チャンパ王国(占城国)第6王朝の初代国王(在位:854年頃 - 898年)。初名はラクシュミーンドラ・ブーミーシュヴァラ・グラーマスヴァーミン(サンスクリット語: लक्ष्मीन्द्र भूमीश्वर ग्रामस्वामिन्, ラテン文字転写: Lakṣmīndra Bhūmīśvara Grāmasvāmin)[1]。王号はパラマブッダーローカ(サンスクリット語: परमबुद्धालोक, ラテン文字転写: Paramabuddhāloka)[1]。
生涯
[編集]アマラーヴァティーのナリケラヴァムシャの出身。チャム伝承に登場する女神ウロジャの子孫を称し[1]、先代のヴィクランタヴァルマン3世に子がなかったために即位した。
ヴァルナに沿って、バラモンとクシャトリヤの出身者を大臣に登用し、チャンパの中心を南方パーンドゥランガにあったヴィラプラから、アマラーヴァティーに新たに建造したインドラプラに移した[2]。861年12月に唐の安南都護府に侵攻した。それまでのヒンドゥー教に代わってヴァジュラヤーナ系の仏教を導入し[3]、875年にはインドラプラに、アヴァローキテーシュヴァラを祀った東西1.3kmにおよぶ大規模な仏教寺院[3]であるラクシュミーンドラローケーシュヴァラ廟を建立した[1]。その遺構の一部はドンドゥオン塔に見ることができる。877年には唐に遣使して[1][3]馴象3頭を献じた。
インドラヴァルマン2世の死後は子がなかったため、妃ハラデーヴィーの外甥にあたるジャヤ・シンハヴァルマン1世が王位を継承した[1]。
出典
[編集]参考資料
[編集]- George Cœdès (May 1, 1968). The Indianized States of South-East Asia. University of Hawaii Press. ISBN 978-0824803681
- Charles Higham (May 1, 2004). Encyclopedia of Ancient Asian Civilizations. Facts on File. ISBN 978-0816046409
- Vincent Lefèvre (12 July 2011). Portraiture in Early India: Between Transience and Eternity. Brill. ISBN 978-9004207356
- R. C. Majumdar (1927). Ancient Indian colonies in the Far East. Vol. I, Champa. Punjab Sanskrit Book Depot
- 石井米雄、桜井由躬雄 編『東南アジア史 I 大陸部』山川出版社〈新版 世界各国史 5〉、1999年12月20日。ISBN 978-4634413504。
- 『唐会要』巻九十八 林邑国
- 『嶺表録異』巻上