平尾喜一
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平尾 喜一(ひらお きいち、1893年(明治26年)12月18日[1] - 1971年(昭和46年)5月28日[2])は、日本の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員。
経歴
[編集]沖縄県、のちの那覇市で実業家・平尾喜三郎の長男として生まれる[1]。沖縄県立第一中学校(現沖縄県立首里高等学校)を修了した[1][2]。
家業の平尾商店に勤務し、その後、同商店の経営を弟・喜治郎に委ね、ライジングサン石油沖縄県代理店、新垣・平尾自動車社長、沖縄県石油統制配給社長、沖縄県自動車整備配給社長、沖縄県製瓦販売社長、琉球新報社長、沖縄新報常務取締役、那覇商工会議所議員などを務めた[1][2][3]。
政界では、那覇市会議員を務め[1][2]、1939年、貴族院多額納税者議員選挙で当選して、同年9月29日、同議員に就任し[4]、交友倶楽部に所属して活動し[2]、1941年5月2日に辞職した[2][5]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 新里金福・大城立裕『沖縄の百年 第1巻=人物篇 近代沖縄の人びと』太平出版社、1969年。
- 沖縄朝日新聞社編『沖縄県人事録』沖縄朝日新聞社、1937年。