牧野成時 (関宿藩嫡子)
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時代 | 江戸時代前期 |
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生誕 | 寛文3年(1663年) |
死没 | 貞享4年9月27日(1687年11月1日) |
改名 | 黒田直逵(初名)、牧野成住、成時 |
別名 | 惣右衛門、兵部(通称) |
官位 | 従五位下・美濃守 |
藩 | 下総関宿藩世嗣 |
氏族 | 黒田氏、牧野氏 |
父母 |
黒田用綱、都築為次養女 牧野成貞 |
兄弟 | 三十郎、中山直張正室、左京、黒田直常、成時、大河内信久正室 |
妻 | 牧野安 |
牧野 成時(まきの なりとき)は、江戸時代前期の下総国関宿藩の世嗣。通称は惣右衛門、兵部。官位は従五位下・美濃守。
生涯
[編集]上総国久留里藩の藩祖にあたる黒田用綱の四男として誕生した。母は都築為次の養女。初名は直逵。正室は牧野成貞次女・安。
徳川綱吉の側近として活躍した牧野成貞の養子となる。天和元年(1681年)12月に、成貞の次女・安と結婚、はじめは成住と名乗る。
天和2年(1682年)12月14日に従五位下、同年に美濃守に叙任する。妻・安は綱吉に望まれて大奥に入ったとも言われており、大奥入りした夜に切腹したとも、貞享4年(1687年)9月27日に食傷で死亡した(戸田茂睡「御当代記」)とも伝わる。