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牧野力

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

牧野 力(まきの つとむ、1938年5月10日 - )は、日本官僚。元通商産業事務次官牧野伸顕の玄孫にあたる[1]

来歴・人物

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神奈川県出身。湘南高等学校を経て、東京大学法学部卒業。

1963年に通産省入省。産業政策局長から事務次官を経て、退官後は日本生命顧問、1998年10月から新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長。

昭和38年入省組同期には、麻生渡黒田直樹秋山収内閣法制局長官)、横堀恵一エネ研理事長、国際エネルギー機関パリ本部局長)、佐伯嘉彦(日本製紙連合会理事長)、渡辺光夫(製品安全協会理事長)、川口融(福岡通産局長、川口順子の夫)、小野榮一(三菱化学DRM社長、日本航空宇宙工業会専務理事)、高島章特許庁長官)などがいる[2]

高島章とは所謂「通産省4人組事件」での人事抗争も絡んだ次官争いを演じた。これは一方で、通産省の大物技官OBであった内田元亨フジタとの地熱発電事業に対する債務保証の思惑も絡んで、対立関係にあった牧野の次官阻止を意図して勃発したものだとも巷間いわれている[3]。のち、主流派と目された牧野、次の渡辺修が次官となった。次官就任以降も引き続き米通商代表部との日米貿易交渉たる日米自動車交渉・日米半導体交渉の対米輸出自主規制枠の協定締結に当たってきた。

略歴

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脚注

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  1. ^ 『靖国に祀られざる人々: 名誉なき殉国の志士たちの肖像』(田中健之学研パブリッシング、2013年6月28日)
  2. ^ 「日本官僚制総合事典 1868-2000」『巻末各省入省者年次』 秦郁彦編著、東京大学出版会、2001年
  3. ^ 『実名・霞が関』(歳川隆雄ザ・マサダ、1996年10月) p.42
先代
堤富男
通商産業省産業政策局長
1994年 - 1996年
次代
渡辺修
先代
堤富男
通商産業事務次官
1996年 - 1997年
次代
渡辺修
先代
松井秀行
新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長
2003年 - 2007年
次代
村田成二