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無からは何も生じない

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
無から有は生じないから転送)

無からは何も生じない」(むからはなにもしょうじない、ラテン語: ex nihilo, nihil fit(エクス ニヒロー、ニヒル フィト)、英語: from nothing, nothing comes)は哲学の一分野である形而上学、また科学の一領域である宇宙論の領域、などで議論される原理。主に世界の存在の起源や根拠について議論する際に使用される概念で、「からが生じることはありえない」という意味で使われる。

歴史

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西洋哲学の歴史の中で、この原理をはじめて強く打ち出したのは、紀元前5世紀ギリシアの哲学者パルメニデスである。

(<ある>ものが)どこからどのようにして生じたというのか?<あらぬ>ものから、ということも考えることも、わたしはおまえに許さぬであろう。なぜなら、<あらぬ>ということは語ることも考えることもできぬゆえに。またそもそも何の必要がそれを駆り立てて以前よりもむしろ後に無から生ずるように促したのか?かくしてそれは、まったく<ある>か、まったく<あらぬ>かのいずれかでなければならぬ。 — パルメニデス紀元前5世紀[1] (強調引用者)

パルメニデス後にシチリアのエンペドクレス(前5世紀)は哲学詩において語っている[2]

まったくあらぬものから生成することは不可能なこと、 また、あるものがまったく滅び去ることも起こりえぬことであり、耳にしえぬこと。 — エンペドクレス

原子論哲学者エピクロス(前3世紀)もまた書簡に書き記している[3]

以上のことを理解したうえで、今これからわれわれは、不明なものごとについて綜観せねばならないが、まず第一には、有らぬもの(ト・メー・オン)からは何ものも生じないということである。 — エピクロス

紀元前1世紀ローマのエピクロス派哲学者ルクレティウスも著書『物の本質について』の中で、この原理を取り上げ論じた。

自然の先ず第一の原理は、次の点からわれわれは始めることとしよう。即ち、何ものも神的な力によって無から生ずることは絶対にない[4]、という点である。…そのわけは、よし仮りに無から物が生ずるとしたならば、あらゆる物からあらゆる種類が生じるであろうし、種子を必要とするものは、全く何もないであろうからである。まず、海から人類が、大地からウロコを持つ魚族が生じ得るかも知れないし、天空からは鳥類が忽然として出現し得るかも知れないし、牧畜その他の家畜や、野獣のあらゆる種類は、何処から生まれたともわからず、耕地と荒野とを問わず、一面に充満するであろう。

— ルクレーティウス紀元前1世紀) 『物の本質について』 樋口勝彦訳 第1巻 146行-214行より抜粋して引用[5] (強調引用者)

東洋哲学の歴史の中では、紀元前8世紀のインドの哲学者ウッダーラカ・アールニが、ほぼ同内容の主張を行っている。ウッダーラカの哲学は「有(う)の哲学」と呼ばれ、ウパニシャッドのひとつ『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』の第6章でその内容が展開されている。アールニの哲学はシュヴェータケートゥ・アールネーヤ(24歳にして全てのヴェーダ聖典を学んで鼻高々となっていたアールニの息子)に対する対話の形で記されている。

(父)「愛児よ、太初、この〔世界〕は有のみであった。唯一で第二のものはなかった。ところが、ある人びとは、『太初、この〔世界〕は無のみであった。唯一で第二のものはなかった。その無から有が生じた』という。

しかしまこと愛児よ、どうしてそのようなことがありえようか」と〔父は〕いった。

(父)「どうやって無から有が生じえようか。まったくそうではなく、愛児よ、太初、この〔世界〕は有のみであった。唯一で第二のものはなかった。」 — 『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』(紀元前8世紀)第6章 宮元啓一[6] (強調引用者)

概要

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「無からは何も生じない」という原理は「充足理由律」(どんな物事にも理由、原因、根拠といったものがあるはずだという原理)と似ている。しかし必ずしも同一のものではない[7]アレクサンダー・プルス英語版によれば「無から何も生じない」という原理は、充足理由律の特別な一ケースである[8]

脚注

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  1. ^ 内山 (2008) pp. 31-32
  2. ^ 『ソクラテス以前の哲学者』講談社。 
  3. ^ 『エピクロス』岩波書店。 
  4. ^ nullam rem e nihilo gigni divinitus umquam.(150行)
  5. ^ ルクレーティウス (1961), p. 17-20
  6. ^ 宮元啓一 (2011), p.11
  7. ^ Melamed, Yitzhak and Lin, Martin (2011)
  8. ^ Alexander R. Pruss (2007)

参考文献

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関連項目

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