濱田増治
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濱田 増冶(はまだ ますじ、1892年10月15日 - 1938年11月27日)は、日本のグラフィックデザイナー、美術評論家(デザイン評論家)、商業美術家。
グラフィックデザインを理論化することに注力した、最初期のデザイナーの1人である。
なお、「商業美術」は、濱田が使い始めた用語である[要出典]。
略歴
[編集]兵庫県揖保郡出身。東京美術学校(東京芸術大学)にて、彫刻を専攻するも中退。
その後、ライオン歯磨広告部を皮切りに、新聞社、出版社等に勤務する。
1926年に、多田北烏らと、商業美術協会を結成し、『商業美術』を刊行。
1928年に、『現代商業美術全集(全24巻)』(アルス)を、仲田定之助らとの編集により、刊行開始(2001年に、ゆまに書房より復刻されている)。
1929年には、商業美術研究所を開設。墓所は多磨霊園。
主要著書
[編集]- 商人常識商業美術読本(高陽書院、1934年)
- 商業美術構成原理(高陽書院、1935年)
- 商業美術教本. 上級用(冨山房、1936年)
- 商業美術教本. 入門用(冨山房、1936年)
- 商業美術講座. 第1-5巻(アトリエ社、1937年~1938年)
- 商業美術教本入門用解説(冨山房、1938年)
なお、次の本に、濱田の執筆論文「商業美術の力、構成及び動勢」が掲載されている。
- 新広告の理論と実際 : 福沢先生御生誕壱百年慶応広告学研究会創立十周年記念論文集(慶応義塾広告学研究会編、慶応義塾広告学研究会、1934年)