港区立御田小学校
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港区立御田小学校 | |
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煉瓦門 | |
北緯35度38分35秒 東経139度44分17秒 / 北緯35.642977度 東経139.738111度座標: 北緯35度38分35秒 東経139度44分17秒 / 北緯35.642977度 東経139.738111度 | |
過去の名称 | 区立御田小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 港区 |
併合学校 | 港区立南海小学校 |
設立年月日 | 2000年(平成12年)4月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学校コード | B113210300173 |
所在地 | 〒108-0073 |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
港区立御田小学校(みなとくりつ みたしょうがっこう、英: Mita Elementary School)は、東京都港区三田四丁目に所在する公立小学校である。
概要
[編集]明治、大正時代は軍人、官吏、会社社長、頭取などが子弟を通わし、校風は山の手風であったとされる。
2000年に御田小学校が南海小学校を吸収統合し、現在に至る。国道15号と桜田通りに挟まれた台地上にあり、周囲は住宅地や寺町の寺院に囲まれている。登下校には校舎側にある御田門、明治時代から残る煉瓦造りの岬門、この両方が利用されている。
港区で唯一、教科別担任制を実施するモデル校に選定されている。このため入学時から越境通学する児童も見られる。2010年、校庭がゴムだったのを人工芝に取り替えた。
「放課GO」を実施しており、登録した児童は、5時まで学校で過ごすことが可能である また秋田県の千畑小学校と40年以上にわたって交流を続けている。
沿革
[編集]- 2000年(平成12年)4月1日 - 南海小学校と御田小学校を統合し、御田小学校として開校。
- 2006年(平成18年) - 港区教育委員会研究パイロット校研究発表会。
- 2007年(平成19年)11月6日 - 港区教育委員会研究パイロット校研究発表会。
- 2012年(平成24年) - 港区教育委員会研究パイロット校研究発表会。
- 2013年(平成25年) - 港区教育委員会研究パイロット校研究発表会。
- 2014年(平成26年) - 港区教育委員会研究パイロット校研究発表会。
教育方針
[編集]- 教育目標[1]
-
- 「よく考え くふうする子」「進んで行い やり通す子ども」「仲よく はげましあう子ども」「じょうぶで 心ゆたかな子ども」
- 小学校の児童数と教員数[2]
年度 | 児童総数 | 1年生 | 2年生 | 3年生 | 4年生 | 5年生 | 6年生 | 教員数 | 職員数 |
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平成23年 | 344人 | 59人 | 64人 | 53人 | 65人 | 57人 | 46人 | 18人 | 4人 |
平成24年 | 351人 | 53人 | 58人 | 65人 | 57人 | 60人 | 58人 | 18人 | 4人 |
平成25年 | 372人 | 71人 | 51人 | 61人 | 67人 | 58人 | 64人 | 20人 | 3人 |
平成26年 | 360人 | 56人 | 71人 | 51人 | 61人 | 62人 | 59人 | 20人 | 3人 |
平成27年 | 358人 | 62人 | 59人 | 68人 | 49人 | 58人 | 62人 | 21人 | 3人 |
平成28年 | 357人 | 62人 | 61人 | 61人 | 67人 | 47人 | 59人 | 24人 | 4人 |
平成29年 | 384人 | 78人 | 62人 | 63人 | 63人 | 69人 | 49人 | 29人 | 4人 |
平成30年 | 410人 | 73人 | 78人 | 63人 | 63人 | 61人 | 72人 | 29人 | 4人 |
令和元年 | 404人 | 71人 | 71人 | 82人 | 58人 | 60人 | 62人 | 29人 | 4人 |
令和2年 | 423人 | 82人 | 68人 | 71人 | 82人 | 56人 | 64人 | 26人 | 4人 |
令和3年 | 447人 | 86人 | 83人 | 67人 | 72人 | 79人 | 60人 | 29人 | 4人 |
令和4年 | 442人 | 65人 | 84人 | 85人 | 61人 | 70人 | 77人 | 25人 | 4人 |
令和5年 | 433人 | 71人 | 62人 | 83人 | 86人 | 61人 | 70人 | 25人 | 4人 |
通学区域
[編集]- 住所別通学区域(平成27年4月1日から適用)[3]
芝五丁目 | 三田三丁目 - 五丁目 | 高輪一丁目 |
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全域 | 全域 | 4番、5番 |
- 進学先中学校(平成27年4月1日から適用)[3]
小学校学校名 | 中学校学校名 |
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港区立御田小学校 | 港区立三田中学校 |
交通
[編集]- 鉄道
関係者
[編集]- 出身者
- 小泉信三(慶應義塾大学塾長、明仁上皇の皇太子時代の教育係付け)
- 原顕三郎(海軍中将)
- 水上瀧太郎(阿部章蔵、文豪)
- 森昌子 (演歌歌手、元アイドル歌手〈花の中三トリオ〉、1971年(昭和46年)卒)
- 池田晶子 (思想史家・哲学者、1973年(昭和48年)卒)
- 佐藤哲也 (作家、1973年(昭和48年)卒)
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 小泉信三1966『私の履歴書』
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 港区立御田小学校 - 公式ウェブサイト