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津田信明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
津田信明
時代 江戸時代前期 - 中期
生誕 不明
死没 正徳3年(1713年
改名 六郎兵衛、三十郎、新十郎、信明
主君 徳川光友
尾張藩士(尾張衆)
氏族 津田氏
父母 父:津田正盛
兄弟 養兄弟:正方
信綜吉原甚太夫仲治
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津田 信明(つだ のぶあき)は、江戸時代前期から中期にかけての武士尾張藩士。家紋は織田木瓜。

略歴

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岩倉織田氏の系統・津田正盛の次男として誕生。

正盛の隠居後の実子として生まれたため、津田家の家督は養子の正方に譲られていた。万治3年(1660年)、徳川光友に御目見する。正方の死後、父の遺願通り正方の子ではなく、信明が家督相続した。正方の子は藩命により実家の姓に戻った。

その後、御小姓、新御番頭、御書院番頭となり、次々加増され1000石となる。

元禄6年(1693年)、高家大寄合となる。

正徳3年(1713年)、病気につき隠居し、間もなくして病没する。

脚注

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参考文献

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