津波石
津波石(つなみいし)は、津波によって岸に打ち上げられた大岩である。
概要
[編集]津波は大きなエネルギーを有しており、その押し波は高い水圧で海中の巨石などを運び、強い水流によって陸地の内部にまで運ばれる。特に、亜熱帯・熱帯地方の沿岸部では、サンゴ礁が石化してサンゴ石灰岩が形成され、潮汐による浸食を受けてキノコ状の岩礁になったり、岩塊となって海中に点在しているものが多数ある。これらは、比較的もろく比重も小さいため、津波によって一部が分離し、陸に打ち上げられやすい。
琉球諸島の巨礫は堆積の状況によって以下の3種に類別される[1]。
- 砂丘に至るまでのリーフや海岸に位置するもの(on the reef and coast up to the sand dunes)
- 砂丘より陸地側の低地に位置するもの(on the lowlands landward of the sand dunes)
- 高い崖上に位置するもの(on the high cliff tops)
これらの岩塊は大きさの割に比重が低いため、津波だけでなく台風などによる高波でも陸に打ち上げられることがある[2]。台風によって打ち上げられた石は台風石と呼ばれる[3]。巨礫が津波起源のもの(津波石)なのか台風の高波起源のもの(台風石)なのかは内陸方向への移動距離で識別することができる[4]。
- モデル化
野路ら(1993)は、1771年明和大津波を例として移動した岩塊、津波波高(水深)、流速などの関係を整理し数理モデル(津波石移動モデル)を発表している[5]。この理数モデルは今村などにより改良され[6][7]、発見された津波石から津波や地震の規模を推定することが可能になる。
年代判別
[編集]海面下の岩石が移動し打ち上げられ満潮線よりも高い位置に移動した場合には、表面に付着しているサンゴ、貝類などの活動が停止するため放射性炭素年代測定を行う事で津波が生じた年代を求める事が可能になる[8]。
津波石の例
[編集]沖縄県
[編集]沖縄県の先島諸島の海岸や内陸には津波石が多く残っている。1771年(明和8年)に起きた八重山地震の津波(明和の大津波)によって海岸に運ばれたり、陸に打ち上げられたと伝えられているものも多く、「高こるせ石」のようにそれが科学的に検証されたものもある。一方、近年の研究により、先島地方では明和の大津波以前にも約600年間隔で津波が発生していたことが明らかになっており[9][10]、「津波大石」のように、実際には明和の大津波以前の津波によって打ち上げられたものも多いと見られている[11]。
宮古諸島の下地島には、「帯岩」と呼ばれる高さ約12.5メートル、周囲約59.9メートル[12]、重量2,500トン[13]から2万トン[12]ともされている巨岩が残り、信仰の対象となっている。また、伊良部島から下地島にかけての佐和田の浜にも、遠浅の浜に巨岩が点在し独特の景観を作りだしている。宮古島の東平安名岬でも、岬の台地上や付近の海岸に多数の大岩が点在している。
八重山諸島の石垣島東海岸にある津波石群は、2013年3月27日付で「石垣島東海岸の津波石群」の名称で天然記念物に指定された[14]。当初、指定対象となった津波石は、大浜の「津波大石」(つなみうふいし)、大浜の「高こるせ石」、伊野田の「あまたりや潮荒」(あまたりやすうあれ)、平久保半島安良にある「安良大かね」(やすらうふかね)の計4つで、2013年10月17日付で伊原間の「バリ石」が追加指定されている[15]。当初指定された4つの津波石のうち、大浜の崎原公園にある「津波大石」は長径12.8m、短径10.4m、高さ5.9mの大石で、研究の結果、この石は八重山地震ではなく、約2000年前の津波によって打ち上げられたものと考えられている[11][16]。一方、他の3つは明和の大津波によって移動したとの記録がある[17]。また、追加指定された「バリ石」も明和の大津波によって移動したと推定されている[18]。津波石の多くはサンゴ石灰岩であるが、「安良大かね」は流紋岩で、鉄分を多く含んでおり赤く見える[17][19][20]。
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佐和田の浜
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東平安名岬
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高こるせ石
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あまたりや潮荒
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安良大かね
岩手県
[編集]津波石が打ち上げられるのは亜熱帯や熱帯ばかりではない。岩手県田野畑村の羅賀地区の海岸から約360mの地点には、1896年の明治三陸地震の津波で運ばれた2つの津波石がある[21]。また、岩手県大船渡市三陸町吉浜の海岸から約200mの地点には、1933年の昭和三陸地震の津波で運ばれた幅3.7m、奥行き3.1m、高さ2.1m、重さ約30tの石があり、「津波記念石」、「昭和八年三月三日ノ津波ニ際シ打上ゲラレタルモノ」等の文字が刻まれている[22][23]。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の津波でも、岩手県宮古市田老地区の摂待川河口から約470mの地点に、幅約6m、奥行き及び高さ各約4m、重さ推定140tの巨石が運ばれた例がある[23][24]。
その他
[編集]和歌山県串本町には、東南海地震・南海地震で生じたものがある[25]。
近年の例では、2004年のスマトラ島沖地震[26]で生じたことが報告されている。また、2011年の東北地方太平洋沖地震では、上述のとおり岩手県で発生したほか、宮城県でも発生している[27]。
脚注
[編集]- ^ Goto, Kazuhisa; Kawana, Toshio; Imamura, Fumihiko (2010). “Historical and geological evidence of boulders deposited by tsunamis, southern Ryukyu Islands, Japan” (PDF). Earth-Science Reviews 102 (1-2): 77-99. doi:10.1016/j.earscirev.2010.06.005. オリジナルの2014-11-29時点におけるアーカイブ。 .
- ^ 河名俊男、沖縄南部における南城市知念沖の礁嶺上の「ユイサー石」 -1951年ルース台風の高波によって打ち上げられた巨大なサンゴ礁岩塊- 琉球大学紀要論文,社会科論集2008 : 高嶋伸欣教授退職記念 p.161 -165, hdl:20.500.12000/8587
- ^ 河名俊男『琉球列島における完新世の津波と台風の高波による海岸地形変化』
- ^ 津波石分布に基づく琉球列島全域における巨大津波の頻度と規模の地域性を解明 東北大学災害科学国際研究所、2013年9月13日
- ^ 野路正浩、今村文彦、首藤伸夫、津波石移動計算法の開発 海岸工学論文集 Vol.40 (1993) P.176-180, doi:10.2208/proce1989.40.176
- ^ 今村文彦、津波石移動計算法の改良
- ^ 今村文彦、吉田 功、アンドリュー・ムーア、沖縄県石垣島における1771年明和大津波と津波石移動の数値解析 海岸工学論文集 Vol.48 (2001) P.346-350, doi:10.2208/proce1989.48.346
- ^ 後藤和久・島袋綾野「学際的研究が解き明かす1771年明和大津波 (PDF) 」 『科学』岩波書店 2012年2月号 pp.208-214
- ^ “先島諸島では、1771年八重山津波と同規模の津波が、過去2千年間に約600年の間隔で4回起きていた” (2017年12月4日). 2018年7月21日閲覧。
- ^ Ando, Masataka; Kitamura, Akihisa; Tu, Yoko; Ohashi, Yoko; Imai, Takafumi; Nakamura, Mamoru; Ikuta, Ryoya; Miyairi, Yosuke et al. (2018-01-02). “Source of high tsunamis along the southernmost Ryukyu trench inferred from tsunami stratigraphy”. Tectonophysics (ScienceDirect) 722: 265-276 2018年7月21日閲覧。.
- ^ a b 仲座栄三、入部綱清、徳久氏琉、宮里直扇、稲垣賢人、SAVOU Rusila「堆積物から推定される琉球諸島における歴史・先史津波について」『土木学会論文集B3(海洋開発)』第69巻第2号、公益社団法人 土木学会、2013年、I_515-I_520、doi:10.2208/jscejoe.69.I_515、2018年7月21日閲覧。
- ^ a b “史跡1~25|観光・イベント情報”. 宮古島市. 2018年7月21日閲覧。
- ^ Goto, Kazuhisa; Kawana, Toshio; Imamura, Fumihiko (2010), “Historical and geological evidence of boulders deposited by tsunamis, southern Ryukyu Islands, Japan” (PDF), Earth-Science Reviews 102 (1-2): 77-99, オリジナルの2014-11-29時点におけるアーカイブ。
- ^ 平成25年3月27日文部科学省告示第42号
- ^ 平成25年10月17日文部科学省告示第150号
- ^ 青木久、春田 知実、松四 雄騎、前門 晃、松倉 公憲「石垣島における台座岩の形成条件と形成速度」『筑波大学陸域環境研究センター報告』第8巻、2007年、35-40頁。
- ^ a b “津波石群国の天然記念物に 津波大石(大浜)など4カ所”. 八重山毎日新聞. (2012年11月17日). オリジナルの2014年2月1日時点におけるアーカイブ。
- ^ “「バリ石」は「津波石」 伊原間海岸”. 八重山毎日新聞. (2010年1月24日). オリジナルの2010年5月6日時点におけるアーカイブ。
- ^ 史跡等の指定等について (PDF) 文化庁、2012年11月16日
- ^ “天然記念物に津波石 災害の歴史伝承 東海岸にちらばる”. 八重山日報. (2012年11月17日)
- ^ “津波石の言い伝えは本当だった:”. J-CAST ニュース. (2011年4月13日). オリジナルの2011年4月21日時点におけるアーカイブ。
- ^ “【東日本大震災】昭和の「津波石」現れる 岩手、震災後に住民発見”. MSN産経ニュース. (2011年7月21日). オリジナルの2011年7月22日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b “【東日本大震災】「物言わぬ津波の証人」巨石が語る脅威 昭和三陸津波から80年 絵本で教訓伝える”. MSN産経ニュース. (2013年2月28日). オリジナルの2013年2月28日時点におけるアーカイブ。
- ^ “津波石:破砕処理、土地所有者の意向尊重 震災がれきとして再生活用”. 毎日新聞. (2012年2月2日)
- ^ 和歌山県津波石の調査 東京大学大気海洋研究所 横山祐典研究室
- ^ 2004年インド洋大津波によって運搬されたタイ・パカラン岬の津波石 地質学雑誌 2006年 112巻 8号 p.XV-XVI, doi:10.5575/geosoc.112.8.XV_XVI
- ^ 東北地方太平洋沖地震で発生した津波石 ~岩手県、宮城県での発生状況調査速報~ (PDF) 埼玉大学大学院理工学研究科・(兼)環境科学研究センター
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 沖縄県内の津波石 琉球大学地震学研究室
- 後藤和久、津波石研究の課題と展望 —防災に活用できるレベルにまで研究を進展させるために— 堆積学研究 2009年 68巻 1号 p.3-11, doi:10.4096/jssj.68.3