法界院
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法界院 | |
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本堂 | |
所在地 | 岡山県岡山市北区法界院6-1 |
位置 | 北緯34度41分38.2秒 東経133度56分2.9秒 / 北緯34.693944度 東経133.934139度座標: 北緯34度41分38.2秒 東経133度56分2.9秒 / 北緯34.693944度 東経133.934139度 |
山号 |
金剛山 西谷山(旧称) |
院号 | 法界院 |
宗旨 | 真言宗 |
宗派 | 単立 |
本尊 | 聖観音(秘仏) |
創建年 | 伝・天平元年(729年) |
開基 | 伝・報恩大師 |
中興年 | 天正9年(1581年) |
正式名 | 金剛山遍照寺法界院 |
別称 | 西谷山妙塔寺(旧称) |
札所等 |
中国三十三観音5番 百八観音7番 |
文化財 |
聖観音菩薩像(国の重要文化財) 道讃禅定門石灯篭(市重要文化財) |
法人番号 | 8260005000821 |
法界院(ほうかいいん)は、岡山県岡山市北区に所在する真言宗の単立寺。山号は金剛山。詳しくは金剛山 遍照寺 法界院と号する。本尊は聖観世音菩薩。中国三十三観音霊場第五番札所、百八観音霊場第七番札所。
概要
[編集]伝承によれば、奈良時代前期の天平元年(729年)頃、報恩大師により備前四十八ヶ寺の一つとして開創されたと伝わる。開創当時は西谷山 妙塔寺と号し現在地より北方の笠井山の山麓に所在し、大伽藍を有していたと伝えられている。
戦国時代に伽藍を焼失した。その後、天正9年(1581年)現在地に移った。江戸時代初期に伝審(でんしん)和尚が中興し伽藍を整備した。また、岡山藩主池田家の崇敬を受けた。本堂は江戸時代末期の安政2年(1855年)に建立された。山門は嘉永年間(1848年 - 1854年)の建築である。江戸期の当寺院は「火事が年忌を問う」と言われ約100年ごとに火災に遭った。江戸期最後の大火は文久年間(1861年 - 1864年)に起こり山門と中門を残して全て焼失し、その後、間もなく再建された。
JR津山線法界院駅は当院が駅名の由来である。
文化財
[編集]- 重要文化財(国指定)
- 木造聖観世音菩薩立像:檜の一木造りで、聖徳太子作との伝承があるが、実際は平安時代中期の作品と考えられている。像高は103.7センチメートル。脇仏として多聞天・持国天像があり共に聖観音と同時代の作と言われている。秘仏とされ33年に1度開帳が行われている。明治34年(1901年)8月2日指定。
- 岡山市指定重要文化財
画像
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山門
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中門
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大師堂
前後の札所
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 岡山県高等学校教育研究会社会科部会歴史分科会/編 『新版 岡山県の歴史散歩』 山川出版社 1991年 24-25ページ