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河辺東人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

河辺 東人(かわべ の あずまひと、生没年不詳)は、奈良時代貴族朝臣官位従五位下石見守

経歴

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万葉集』巻六によると、天平5年(733年)の山上憶良の沈痾の時に、藤原真楯の使者として容態を尋ねている[1]

それからしばらく事績が知られていないが、称徳朝天平神護3年(767年)正月、安倍草麻呂吉備真事笠乙麻呂らとともに、正六位上から従五位下に叙爵[2]

光仁朝では、宝亀元年(770年)10月、豊国秋篠の後任の石見守に任命される[3]

『万葉集』には、

春雨の しくしく降るに 高円(たかまど)の 山の桜は いかにかあるらむ (春雨が しきりに降っている今頃 高円の 山の桜は どうなっているだろうか[4]

が収録されている。

脚注

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  1. ^ 『万葉集』978番、題詞
  2. ^ 『続日本紀』巻第二十八、称徳天皇、天平神護3年正月8日条
  3. ^ 『続日本紀』巻第三十一 光仁天皇 宝亀元年10月23日条
  4. ^ 『万葉集』巻第八、1440番

参考文献

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