河村如壽
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河村 如壽(かわむら ゆきとし、1841年8月14日 - 1897年4月8日)は、佐賀県出身、唐津藩士で奉行職(普請小奉行)を勤めた河村如茂(河村家三代目当主)の長男。藩末期の役職は御徒目付。明治3年(1870年)の改革で司民小属(旧制の御代官)に就任。廃藩後の町村制の実施により唐津村の初代村長に選出された。河村家の初代は、天明年中、小笠原家が奥州棚倉に在城の頃、「遠在役施(とうざいしやく)」として小笠原家に仕官[1]したことに始まる。如壽は河村家四代目にあたる。
家族
[編集]- 曾祖父 ‐ 河村道有
- 祖父 - 河村道伯(御典医)
- 父 - 河村如茂(唐津藩士)
- 弟 - 河村藤四郎(実業家)
- 子 - 河村右介(裁判官)-東京帝国大学法学部卒業、神戸地方裁判所判事。
- 甥 - 河村嘉一郎(実業家、政治家)-東京帝国大学法科、政治学科卒業。初代唐津市長。
脚注
[編集]- ^ “http://tamatorijisi.web.fc2.com/kyuuhansizokunoyuisyo2.html”. tamatorijisi.web.fc2.com. 2018年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年8月14日閲覧。