沈相進
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沈相進 심상진 | |
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生年月日 | 1944年11月5日(80歳) |
出生地 | 日本統治下朝鮮咸鏡南道 |
所属政党 | 朝鮮労働党 |
最高人民会議代議員 | |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 2009年3月 - 2014年3月 |
最高指導者 |
金正日(1994年 - 2011年) 金正恩(2011年 - ) |
在任期間 | 2009年4月 - 2014年3月 |
朝鮮仏教徒連盟中央委員会委員長 | |
在任期間 | 2008年7月 - 2012年12月 |
朝鮮仏教徒連盟中央委員会副委員長 | |
在任期間 | 2005年10月 - 2008年7月 |
朝鮮仏教徒連盟中央委員会書記長 | |
在任期間 | 1974年 - 2004年 |
沈相進 | |
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各種表記 | |
チョソングル: | 심상진 |
漢字: | 沈相進 |
発音: | シム・サンジン |
沈 相進(シム・サンジン、朝鮮語: 심상진、1944年11月5日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国の政治家。朝鮮仏教徒連盟中央委員会委員長、最高人民会議常任委員会委員、祖国統一汎民族連合中央委員会委員などを歴任した。
経歴
[編集]1944年に日本統治下の咸鏡南道(現両江道)で生まれた[1]。1964年に文化財保存総局部長に就任し[1]、1969年まで務めた[1]。1974年に朝鮮仏教徒連盟中央委員会書記長に転じ[1]、1990年9月には祖国統一汎民族連合中央委員会委員に任命された[1]。2000年に訪朝した韓国仏教団体の僧侶と会談を行った[2]。2004年には日本に設置されていた北関大捷碑の返還を求めて、韓国の仏教団体に連携を求める文書を送付し[3]、2006年3月に返還されると復元記念式に出席した[4]。2004年12月に6.15宣言実践北側準備委員会委員に任命され[5]、2005年10月に朝鮮仏教徒連盟副委員長に昇進した。2008年7月には朝鮮仏教徒連盟委員長に進み[1]、2009年3月に最高人民会議第12期代議員に選出された[1][6]。同年4月9日に開催された最高人民会議第12期第1回会議で、最高人民会議常任委員会委員に選出された[7]。2011年9月には普賢寺で開催された八万大蔵経千年記念祖国統一祈願南北仏教徒合同法会に、曹渓宗僧侶と参加した[8]。2012年11月に朝鮮仏教徒連盟委員長を解任され[9]、2013年3月に実施された最高人民会議13期代議員選挙で脱落した[10]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g 심상진 沈相進북한지역정보넷
- ^ <신준영> 북 노동당 55돌 행사 참관기 統一ニュース 2000年12月3日
- ^ 북한불교단체 "북관대첩비 반환운동 연계하자" 統一ニュース 2004年11月6日
- ^ 북관대첩비, 北 국보유적으로 등록 統一ニュース 2006年7月3日
- ^ 6ㆍ15선언 실천 북측 준비위 결성 統一ニュース 2004年12月21日
- ^ 北 최고인민회의 제12기 대의원 명단 デイリーNK 2009年3月9日
- ^ 北 김정일 3기체제 주요간부 명단 デイリーNK 2009年4月10日
- ^ 北보현사에서 ‘팔만대장경 판각 1천년 기념 남북불교도합동법회 봉행’ 統一ニュース 2011年9月6日
- ^ 2013年版の北朝鮮権力機構図 韓国政府が発刊 聯合ニュース 2013年2月1日
- ^ 北 최고인민회의 13기 대의원, 능력중심 統一ニュース 2014年3月11日
参考サイト
[編集] 朝鮮民主主義人民共和国
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