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永井尚敏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
永井尚敏
ながい なおとし
生年月日 1871年10月15日
没年月日 (1940-07-24) 1940年7月24日(68歳没)
出身校 学習院法律専修科卒業
所属政党 研究会
称号 正四位
配偶者 永井録子

在任期間 1897年7月10日 - 1925年7月9日
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永井 尚敏(ながい なおとし、1871年10月15日(明治4年9月2日[1])- 1940年昭和15年)7月24日[1][2])は、明治から大正期の政治家華族貴族院子爵議員。幼名・敬吉[3]

経歴

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美濃加納藩主・永井尚服の長男として生まれる[1][3][4]。父の死去に伴い、1885年(明治18年)8月24日に子爵を襲爵[1][4][5]1892年(明治25年)学習院法律専修科を卒業した[4]

1897年(明治30年)7月10日、貴族院子爵議員に選出され[6][7]研究会に所属して活動し、1925年(大正14年)7月9日まで4期在任した[2]

栄典

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親族

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脚注

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  1. ^ a b c d e f 『平成新修旧華族家系大成 下巻』222頁。
  2. ^ a b 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』50頁。
  3. ^ a b 『大日本華族大鑑』118頁。
  4. ^ a b c 『人事興信録』第12版 下、ナ137頁。
  5. ^ 『官報』第647号、明治18年8月26日。
  6. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、8頁。
  7. ^ 『官報』第4248号、明治30年8月28日。
  8. ^ 『官報』第7653号「叙任及辞令」1908年12月28日。

参考文献

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  • 筒井住蓮編『大日本華族大鑑』都通信社、1911年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第12版 下』人事興信所、1940年。
  • 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成 下巻』霞会館、1996年。


日本の爵位
先代
永井尚服
子爵
加納永井家第2代
1885年 - 1940年
次代
永井尚忠