永久磁石式核磁気共鳴分光計
永久磁石式核磁気共鳴分光計(えいきゅうじしゃくしきかくじききょうめいぶんこうけい)は、分子の構造や運動状態などの性質を調べるための永久磁石を用いた核磁気共鳴分光計である。
概要
[編集]核磁気共鳴の研究の黎明期には永久磁石を使用した核磁気共鳴分光計が使用されていたが、感度や分解能が不十分で超伝導磁石を使用した機種の普及により、廃れていた。しかし、近年、希土類磁石の開発や信号処理関係の発展、液体ヘリウムの補充が不要でランニングコストの安さ等の複数の理由により[1]、2000年代以降、再び、各国で開発が進められる。
核磁気共鳴分光計では外部磁場をかけるための磁石は、永久磁石や超伝導磁石が用いられ、電磁石を用いた装置は以前は作成されていたが、現在は使われていない。磁場が強力になるほど、スピン状態間のエネルギー差が大きくなり、その占有率の差が大きくなるため感度が上がる。またラーモア周波数は磁場に比例するため、接近した周波数を持つピーク同士の分解能も高くなる。そのため、非常に強力な磁場を発生させることが可能な超伝導磁石を使う装置が主流となっている。磁石の発生させている磁場の強度はその磁場におけるプロトンのラーモア周波数で表現される。例えば 1 T の磁場を発生させる磁石は42.57 MHz の磁石と称される。
永久磁石を用いた装置は円盤型の永久磁石を2枚平行に並べて均一な磁場を発生させる。永久磁石は横に並べるので、発生する磁場は水平方向となっている。現在、使用される永久磁石を用いた装置は大半が60 MHzから90 MHzの機種である。今となっては感度や分解能が超伝導磁石式よりも著しく劣るので研究目的として使用される機会は少なくなっているものの、永久磁石を備える装置は比較的コンパクトにまとまることや磁石自体をメンテナンスする必要が少ないという利点〔超伝導磁石は定期的に、液体ヘリウムや液体窒素を補充しなければならない〕があり、そのため、品質保証のためのルーチン分析などの用途やそれほど厳密な測定を必要としない分野や学生実験、病理検査、化学反応の監視などに使用される。永久磁石は温度により磁場が変動したりシムコイルによる磁場の調整ができないため磁場の不均一性により信号が乱れる欠点もある[2][出典無効]。この欠点を克服するため、希土類磁石を円筒状のハルバッハ配列に配置することで単1乾電池の大きさの装置で非常に一様な 0.7 T の磁場が実現でき、可搬式のNMR分光計が開発されている[3][4][5][6]。近年は各社から永久磁石式NMR分光計が発売される。
超伝導磁石式と比較した時の利点
[編集]- 超伝導磁石式と比較して液体ヘリウムのような冷媒が不要で維持費が安い。
- 磁場の強度が弱いので専用の設置室が不要、安全性が高い。
超伝導磁石式と比較した時の欠点
[編集]- 分解能、感度が劣る。
主な用途
[編集]- 学生の実習
- 化学反応の監視
- 品質管理
- 医療機関での検査
脚注
[編集]- ^ “ヘリウム資源”. 高エネルギー加速器研究機構・共通研究施設低温工学センター. 2016年3月30日閲覧。
- ^ ポータブルNMR
- ^ Jim MacArthur, Electronic Instrument Design Laboratory, Harvard University (June 09, 2011). “Peering inside a portable, $200 cancer detector, part 1”. 2016年3月14日閲覧。
Jim MacArthur(ハーバード大学 電子機器設計研究所) (2011年11月29日). “NMR分光の応用で低コスト化に成功:ポータブルがん検出器に見る回路設計の指針”. EDN Japan. 2016年3月14日閲覧。 - ^ Danieli, Ernesto; Perlo, Juan; Blümich, Bernhard; Casanova, Federico (2010). “Small Magnets for Portable NMR Spectrometers”. Angewandte Chemie International Edition 49 (24): 4133-4135. doi:10.1002/anie.201000221. ISSN 1521-3773.
- ^ Prachi Patel (June 10, 2010). “Palm-Size NMR”. MIT Technology Review. 2016年3月30日閲覧。
- ^ Jason Ford (5th August 2014). “Engineers develop portable NMR spectrometers”. Centaur Communications Ltd. 2016年3月30日閲覧。
参考文献
[編集]- John.D.Roberts (1959). Nuclear Magnetic Resonance : applications to organic chemistry. McGraw-Hill Book Company. ISBN 9781258811662
- J.A.Pople; W.G.Schneider; H.J.Bernstein (1959). High-resolution Nuclear Magnetic Resonance. McGraw-Hill Book Company
- A. Abragam (1961). The Principles of Nuclear Magnetism. Clarendon Press. ISBN 9780198520146
- Charles P. Slichter (1963). Principles of magnetic resonance: with examples from solid state physics. Harper & Row. ISBN 9783540084761
- 藤原鎭男、中川直哉、清水博『高分解能核磁気共鳴 化学への応用』丸善、1962年。ASIN B000JAK7Y0。doi:10.11501/1379449。 NCID BN02113852。NDLJP:1379449 。
- ジョン・ディ・ロバーツ 著、田中 豊助 訳『核磁気共鳴吸収―有機化学への応用』技報堂、1962年。ASIN B000JAL672。doi:10.11501/1379168。 NCID BN10288046。NDLJP:1379168 。
- L.M.Jackman 著、清水 博 訳『核磁気共鳴―その有機化学への応用』東京化学同人、1962年。ASIN B000JAKNMG。
- C.P.スリクター 著、益田義賀 訳『磁気共鳴の原理』岩波書店、1966年。
- C.P.スリクター 著、益田義賀 訳『磁気共鳴の原理』シュプリンガー・フェアラーク東京、1998年。ISBN 9784431707820。
- 荒田洋治『NMRの書』丸善、2000年。ISBN 9784621047934。
- 安岡弘志『岩波講座 物理の世界 ものを見るとらえる 核磁気共鳴技術』 3巻、岩波書店、2002年。ISBN 4-00-011179-5。
- R.R. エルンスト、G. ボーデンハウゼン、A. ヴォーガン 著、永山国昭、藤原敏道、内藤晶、赤坂一之 訳『2次元NMR: 原理と測定法』吉岡書店、2000年。ISBN 9784842702896。
- 阿久津秀雄、嶋田一夫、鈴木榮一郎、西村善文 編『NMR分光法 原理から応用まで』学会出版センター〈日本分光学会測定法シリーズ41〉、2003年。
- Silverstein, Robert M.、Webster, Francis X. 著、荒木峻、山本修、益子洋一郎、鎌田利紘 訳『有機化合物のスペクトルによる同定法 - MS、IR、NMRの併用』東京化学同人、1999年。
- 武田和行「<技術ノート>FPGA集積型NMR分光計(OPENCORE NMR Spectrometer)の開発」『低温物質科学研究センター誌 : LTMセンター誌』第13巻、京都大学低温物質科学研究センター、2008年12月、24-29頁、CRID 1390572174786760064、doi:10.14989/153225、hdl:2433/153225、ISSN 1348-317X。