水口隆三
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水口 隆三(みずぐち りゅうぞう、1879年(明治12年)6月14日[1] - 没年不詳)は、朝鮮総督府官僚。
経歴
[編集]愛媛県温泉郡道後村(現在の松山市)出身[1]。1907年(明治40年)に東京帝国大学法科大学政治科を卒業し、大蔵属となる[1]。翌年、高等文官試験に合格[1]。1909年(明治42年)より統監府書記官、大韓帝国度支部事務官・大邱財務監督局勤務、平壌財務監督局勤務、朝鮮総督府事務官・平安南道財務部長、同第二部長、度支部関税課長、同税務課長、財務局税務課長、同理財課長・監察官、専売局事務官、営林廠長などを歴任[1][2]。1925年(大正14年)、専売局長に就任し、1928年(昭和3年)に慶尚南道知事に転じた[1]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f 財界二千五百人集 満蒙及朝鮮篇 1934, p. 303.
- ^ 人事興信録 1928.
参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。
- 『財界二千五百人集 満蒙及朝鮮篇』財界二千五百人集編纂部、1934年。