正福寺 (葛飾区)
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正福寺 | |
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所在地 | 東京都葛飾区東新小岩4-8-4 |
位置 | 北緯35度43分36秒 東経139度51分47秒 / 北緯35.72672度 東経139.86294度座標: 北緯35度43分36秒 東経139度51分47秒 / 北緯35.72672度 東経139.86294度 |
山号 | 青松山[1] |
院号 | 金剛院[1] |
宗旨 | 新義真言宗[1] |
宗派 | 真言宗豊山派 |
本尊 | 阿弥陀如来[1] |
創建年 | 奈良時代 |
開山 | 行基 |
中興年 | 正安3年(1301年)[1] |
中興 | 賢栄[1] |
札所等 | 南葛八十八ヶ所霊場の23番札所、新四国四箇領八十八ヵ所霊場21・22番札所 |
文化財 |
五鈷種子鈴 正福寺惣門末起立録・正福寺本末帳 |
法人番号 | 3011805000395 |
正福寺(しょうふくじ)は、東京都葛飾区にある真言宗豊山派の寺院。新四国四箇領八十八箇所霊場第22番札所[2]。
概要
[編集]奈良時代、行基によって開山された。元々は新小岩駅南口周辺[注釈 1]にあり、本尊の阿弥陀如来は行基の作という[3]。
1180年(治承4年)、石橋山の戦いで敗れた源頼朝が再決起して、当寺に陣を構えて援軍を待ったところ、続々と関東武士が馳せ参じたので、そのご利益に感謝して伽藍を修築したという[3]。
その後の火災で廃寺化したが、1301年(正安3年)になり、賢栄によって中興され、現在地に移転した[3]。
文化財
[編集]交通アクセス
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 入本英太郎、橋本直子 著『葛飾区史跡散歩 (東京史跡ガイド22)』学生社、1993年
- 「上小松村 正福寺」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ26葛飾郡ノ7、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763979/28。
- “文化財一覧”. 葛飾区史. 2020年8月3日閲覧。