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橋本順忠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

橋本 順忠(はしもと のぶただ、1900年11月4日[1] - 1976年1月6日[2])は、日本の画家神職

生涯

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梅宮大社の宮司であった橋本順行の三男として、京都市に生まれる[3]。弟に橋本以行[4]

大正11年(1922年)、京都市立美術工芸学校を卒業[3]。次いで大正14年(1925年)には京都市立絵画専門学校を、昭和5年(1930年)には研究科を修了した[3]。同年、第11回帝国美術展覧会に『嵐峡の夕』が入選した[3]

昭和28年(1953年)、梅宮大社が宗教法人法による宗教法人として登録されたと同時に、同社宮司に就任した[3]。没後、弟の以行が宮司職を継承した[4][5]

作品

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作品名 技法 形状・員数 寸法(縦x横cm) 所有者 年代 文化財指定 備考
八駿之図(趙仲穆) 膠彩 巻子 1927年(昭和2年) [6]
不動明王像(鳥羽僧正) 墨画・部分膠彩 軸・1幅 1930年(昭和5年) 材質は和紙、墨・顔料。[7]

脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ 『京都年鑑 1975年』(夕刊京都新聞社、1974年)p.672
  2. ^ 『京都年鑑 1977年版』(夕刊京都新聞社、1976年)p.679
  3. ^ a b c d e 京都市立芸術大学資料館平成20年前期展示解説 2008
  4. ^ a b 高梨孝藤 1982, p. 813.
  5. ^ 保阪正康 2017
  6. ^ 京都市立芸術大学芸術資料館 2017, p. 53.
  7. ^ 京都市立芸術大学資料館平成20年前期展示一覧 2008

出典サイト

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参考文献

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  • 高梨孝藤「高藤酒造」『日本釀造協會雜誌』第77巻第11号、日本醸造協会、1982年、813-813頁、doi:10.6013/jbrewsocjapan1915.77.813ISSN 0369-416XNAID 130004110821 
  • 京都市立芸術大学芸術資料館「事業報告(平成27年度)」『京都市立芸術大学芸術資料館年報』第26号、京都市立芸術大学芸術資料館、51–70頁、2017年3月31日。