樺太庁大泊中学校
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旧制樺太庁大泊中学校(きゅうせいからふとちょう おおどまりちゅうがっこう)は、1912年(明治45年)、樺太に設立された旧制中学校である。
概要
[編集]- 校訓
- 一. 質実剛健なれ
- 一. 明朗豁達なれ
- 一. 志操を高潔にせよ
沿革
[編集]- 1912年(明治45年)
- 1918年(大正7年)4月 - 小学校教員講習所が併設される。
- 1925年(大正14年)
- 1939年(昭和14年)4月1日 - 併設の小学校教員講習所が樺太庁師範学校として独立。
- 1945年(昭和20年)8月11日 - ソ連軍の侵攻により消滅する。
歴代校長
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- 初代 - 太田達人(1912年(明治45年)5月1日 - 1921年(大正10年)2月8日までの8年9ヶ月間)- (前)秋田県立横手中学校校長 (後)依願退職
- 第2代 - 柴山槐郎(1921年(大正10年)3月27日 - 1925年(大正14年)2月6日までの3年11ヶ月間)- (前)大分県立大分中学校校長 (後)富山県立富山中学校校長
- 第3代 - 堀辰巳(1925年(大正14年)2月27日 - 1931年(昭和6年)6月8日までの6年4ヶ月間)- (前)樺太庁大泊中学校教諭 (後)退職
- 第4代 - 藤田弘一(1931年(昭和6年)6月30日 - 1934年(昭和9年)5月3日までの2年11ヶ月間)- (前)樺太庁真岡中学校校長 (後)退職
- 第5代 - 瓜田友衛(1934年(昭和9年)5月 - 1939年(昭和14年))- (前)樺太庁真岡中学校校長 (後)樺太庁豊原中学校校長
- 第6代 - 中江時助(1939年(昭和14年)- 1942年(昭和17年))
- 第7代 - 横山賢市(1942年(昭和17年)- )
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 「樺太教育発達史」(1936年(昭和11年)8月10日 樺太教育会) - 国立国会図書館近代デジタルライブラリーウェブサイト p.231(コマ番号136)