樫木駄場古墳
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樫木駄場古墳 / 樫木駄馬古墳 | |
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墳丘・石室開口部 | |
所属 | 坂戸古墳群 |
所在地 | 愛媛県西予市宇和町坂戸樫木駄馬1422 |
位置 | 北緯33度23分32.72秒 東経132度30分56.75秒 / 北緯33.3924222度 東経132.5157639度座標: 北緯33度23分32.72秒 東経132度30分56.75秒 / 北緯33.3924222度 東経132.5157639度 |
形状 | 円墳 |
規模 |
直径11.9m 高さ4.5m |
埋葬施設 | 両袖式横穴式石室 |
築造時期 | 7世紀前半 |
史跡 | 西予市指定史跡「樫木駄場古墳」 |
地図 |
樫木駄場古墳[1] / 樫木駄馬古墳[2](かたぎだばこふん)は、愛媛県西予市宇和町坂戸にある古墳。形状は円墳。坂戸古墳群を構成する古墳の1つ。西予市指定史跡に指定されている。
概要
[編集]愛媛県南西部、宇和盆地西側丘陵の尾根斜面平坦地(駄場)に築造された古墳である。付近の谷間には多数の古墳が分布し、明治初期には約70基が存在したというが、現在では本古墳以外の大半が消滅している。
墳形は円形で、直径11.9メートル・高さ4.5メートルを測る[2]。埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、南西方向に開口する[2]。石室は完存しており、宇和盆地では最大規模になるとして重要視される。築造時期は古墳時代終末期の7世紀前半頃と推定される[3]。
古墳域は1974年(昭和49年)に旧宇和町指定史跡(現在は西予市指定史跡)に指定されている[1]。
埋葬施設
[編集]埋葬施設としては両袖式横穴式石室が構築されており、南西方向に開口する。石室の規模は次の通り[2]。
- 石室全長:7.5メートル
- 玄室:長さ3.6メートル、幅1.5メートル、高さ1.4メートル
- 羨道:長さ3メートル、幅1.5メートル、高さ0.8メートル
奥壁には一枚石が使用される。天井石は玄室で2石、羨道で2石。玄門には玄門柱石を伴う。
石室の形態は宇摩向山古墳1号石室(四国中央市)・朝倉古墳(高知県高知市)との類似が指摘される[3]。
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玄室(羨道方向)
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羨道(開口部方向)
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羨道(玄室方向)
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開口部
文化財
[編集]西予市指定文化財
[編集]- 史跡
- 樫木駄場古墳 - 1974年(昭和49年)12月9日指定[1]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 史跡説明板(宇和町教育委員会設置)
- 愛媛県歴史文化博物館 編『えひめの古墳探訪(平成28年度特別展図録)』伊予鉄総合企画、2017年。
外部リンク
[編集]- 市指定 樫木駄場古墳 - 西予市ホームページ