横田小人大
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横田 小人大(よこた ことを[1]、1885年(明治18年)8月23日[2] - ?)は、日本の発明家。
経歴
[編集]広島県佐伯郡古田村(現在の広島市の一部)出身[2]。父の範四郎は、古田村の村長をしていた[2]。1913年(大正2年)7月に東京帝国大学農科大学農芸化学科に入学し、1916年(大正5年)7月10日に卒業した[2][注釈 1]。
1927年(昭和2年)2月3日に「劣等燐礦石の利用に就いて」という論文を提出し、農学博士の学位が授与された[2]。
ラサ工業の常務及び宮古製煉所の所長を務めた[3]。他に京都大学農学部の講師や、関西硫酸販売会社の取締役、東洋人造肥料株式会社、共益産業株式会社、大阪晒粉株式会社、大阪製煉株式会社などの顧問を務めた[2]。