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楠橋紋織

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
楠橋紋織株式会社
KUSUBASHI MON・ORI CO.,LTD.
本社・工場
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
794-0083
愛媛県今治市宅間甲319
設立 1951年1月8日(創業は1931年7月7日)
業種 繊維製品
法人番号 9500001011482 ウィキデータを編集
事業内容 タオル製品、タオル加工品の製造・販売など。
代表者 代表取締役社長 楠橋功
資本金 5,000万円
純利益 1億0153万5000円(2018年12月期)[1]
総資産 33億2613万9000円(2018年12月31日現在)[1]
従業員数 80名
主要子会社 楠産業(株)
(有)ケイ・エンブロイ
外部リンク https://www.kusubashi.jp/
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楠橋紋織株式会社(くすばしもんおり)は、愛媛県今治市に本社を置くタオルメーカー。

概要

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1931年八幡浜市の織物検査所に勤務していた楠橋俊夫が父・三郎治、兄・秀雄と「楠橋三郎治工場」として創業。戦後、幸運にも焼失を免れたジャガード織機24台、50人の従業員で再出発を果たし、1951年に株式会社に改組[2]。タオル製品の貿易体制を整え、東南アジアオーストラリアへの輸出を開始。1955年には生産額において日本一のタオル会社となった[2]

1957年には国内初のプリントタオルを販売し、1980年には革新織機を導入するなど事業を拡大した。日本国内での製造原価の高騰、流通からの価格圧力が強まった中で、1993年に中国江蘇省南通市に中国法人・南通楠橋紋織有限公司(独資)を設立した[3]

中国からの安価なタオル流入などにより今治のタオルメーカーが苦境に陥る中、楠橋紋織も2000年代に入って業績が悪化。外部から社長(村上景一四国溶材代表取締役)を迎え、経営の立て直しを図った[4]2006年四国タオル工業組合が「今治タオルプロジェクト」を開始すると、自社ブランド開発に力を入れ2018年には高級タオルブランド「ROYAL-PHOENIX of the seas」の販売を開始した。

事業所

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沿革

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  • 1931年 - 楠橋三郎治工場として創業。織機6台でタオルの生産開始。
  • 1937年 - 国内初の刺繍織物装置・ラペット織機を発明。楠橋紋織織物工場を設立。その後、楠橋紋織工場に社名変更。
  • 1949年 - 大阪出張所を開設。
  • 1950年 - 昭和天皇行幸。
  • 1951年 - 株式会社に改組し、「楠橋紋織株式会社」設立。
  • 1957年 - 国内初となるプリントタオルを販売(諸説あり)。
  • 1959年 - 坂本式自動織機を導入。
  • 1980年 - 革新織機を本格導入。
  • 1988年 - 東京オフィスを開設。
  • 1993年 - 南通楠橋紋織有限公司を設立。
  • 2006年 - 有限会社ケイ・エンブロイ設立。しまなみセンイ協同組合設立。
  • 2010年 - 二川浩樹広島大学教授が開発した特許を用いた抗ウィルスタオルを販売開始[5]
  • 2018年 - 高級タオルブランド「ROYAL-PHOENIX of the seas」の販売開始。

関連企業

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  • 楠産業株式会社(タオル製品の縫製・加工・箱詰・梱包・販売)
  • 有限会社ケイ・エンブロイ(タオル製品の加工・刺繍)
  • しまなみセンイ協同組合(資材の共同購買、外国人技能実習生の受入・職業紹介事業)
  • 南通楠橋紋織有限公司

関連項目

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  • 今治タオル工業組合
  • 四国溶材 - 楠橋紋織の初代創業者の楠橋三郎治の義理の息子である村上敏明が創業した溶接メーカー。本社・工場が隣接している。

脚注

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  1. ^ a b 楠橋紋織株式会社 第97期決算公告
  2. ^ a b (株)今治繊維リソースセンター「日本タオル界の”名横綱”楠橋秀雄」『テキスタイル・レポート今治』、Vol.7、1-2頁。
  3. ^ 柴田弘捷(2011)「今治タオル産業の『再生』と中国」『専修大学社会科学研究所月報』No.584、17-18頁
  4. ^ 柴田弘捷(2011)「今治タオル産業の『再生』と中国」『専修大学社会科学研究所月報』No.584、17頁
  5. ^ 楠橋紋織、抗ウィルスタオル「DOUBLE STAR func」シリーズを発売”. 日刊工業新聞 (2010年3月4日). 2011年3月21日閲覧。

外部リンク

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