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棠陰比事

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『棠陰比事』
(とういんひじ)
元刻本
元刻本
編集者 桂万栄
著者 桂万栄
ジャンル 判例集
言語 中国語
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棠陰比事』(とういんひじ)は、南宋の桂万栄[注釈 1]が編纂した裁判実話集。巻数は刊本によって異なる。

概要

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戦国時代から宋代に至る古今の名裁判の公案(判例)144件が2話ずつ対比され、合計72組が収められている[1]。自序によると、桂万栄が建康の司理参軍(獄の審理官)在任中だった時期、南宋の嘉定4年(1211年)に編纂を終えたとある[1]

刊本は多く異同もあるが、その系統を大きく分けて宋版系、版系、版系に分類される。和刻諸本は元版系の朝鮮活字本が元になっている[2][注釈 2]。中国では、景泰年間に呉訥(ごとつ)が加除再編したものが流布している。

江戸文学への影響

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『棠陰比事』は鎌倉時代朝鮮を経由して日本に伝来したとされ[3]書写注釈などが行われた。とりわけ受容史上において重要とされるのが、江戸時代初期に林羅山が訓点を施した『棠陰比事諺解』である。これは紀州藩の体制整備の必要に迫られた徳川頼宣の依頼で作成されたもので、判例記録を漢学的知識で的確に訳しながら、原文や参考文献における脱落などの不明瞭な箇所についても考証し、より多くの事案解決策を提示することによって、高い専門性を有する実用的な注釈書となっている[4]

その後、羅山の門下生が『棠陰比事諺解』を伝写したことで、次第に世間に広まった[1]慶安2年(1649年)安田十兵衛開板の仮名書きの『棠陰比事物語』[注釈 3]が、寛文年間には絵入和訳本が刊行されている[1]元禄年間には羅山の『棠陰比事諺解』に従った須原屋伊八板の『棠陰比事』3巻によって、広く流布するようになった[1]。なお、林羅山旧所蔵の抄本は内閣文庫に収蔵されている[5]

包拯の故事を集めた小説集『包公案[注釈 4]』とともに、『棠陰比事』は多くの作品に受容された。例えば井原西鶴『本朝桜陰比事』の冒頭の文言「それ大唐の花は、甘棠の陰に」は、『棠陰比事』のことを示しているとされるが[6]、羅山の『棠陰比事諺解』の影響も見られるほか[7]、『板倉政要』を媒介としている可能性もある[8][注釈 5]。『板倉政要』の影響については、『鎌倉比事』や『本朝藤陰比事』などにも見られる[9]。これらのほか、曲亭馬琴『青砥藤綱摸稜案』や大岡政談[注釈 6]などにも、『棠陰比事』は影響を与えた[1]

日本語訳書

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  • 駒田信二 他訳『剪灯新話余話 西湖佳話(抄) 棠陰比事』、1969年、平凡社中国古典文学大系39〉。ISBN 978-4582312393
    • 底本は寛永板三巻本[注釈 7]及び須原屋伊八刊本で、いずれも元刊朝鮮活字本系の翻刻
  • 駒田信二 訳『棠陰比事』 1985年、岩波文庫ISBN 9784003203415
    • 平凡社版の誤謬訂正、微加筆。

脚注

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注釈

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  1. ^ 桂萬榮、けいばんえい、生没不詳、浙江省慈谿県(現在の慈渓市)の人、字は夢協(むきょう)。『宋史』に伝記なし。
  2. ^ 常磐松文庫蔵『棠陰比事』は、尹慶福・藤原惺窩富岡鉄斎小汀利得らの所蔵を経て1972年末に常磐松文庫が落札した。
  3. ^ 国文学研究資料館 収蔵資料 影印
  4. ^ 百科公案(中国語版)ウィキソースのロゴ 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:百家公案
  5. ^ 『板倉政要』もまた『棠陰比事諺解』の影響が見られる[8]
  6. ^ よく知られた「二人の子供を取り合う母親の話」は第八話「二人の母親」(黄覇叱姒)にある[10]
  7. ^ 国会図書館デジタルコレクション 影印

出典

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  1. ^ a b c d e f 岩波文庫版『棠陰比事』, pp. 301–306.
  2. ^ 長島弘明 (1983), p. 48.
  3. ^ 周瑛 (2015), p. 3.
  4. ^ 周瑛 (2015), p. 86(初出:周瑛 2013
  5. ^ 長島弘明 (1983), p. 51.
  6. ^ 岩波文庫版『棠陰比事』, p. 305.
  7. ^ 周瑛 (2015), pp. 33–35(初出:周瑛 2010
  8. ^ a b 周瑛 (2015), pp. 54–55(初出:周瑛 2011
  9. ^ 周瑛 (2015), p. 109(初出:周瑛 2012
  10. ^ 岩波文庫版『棠陰比事』, p. 23.

参考文献

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図書
論文
  • 若木太一「西鶴の翻案小説:「棠陰比事」と「本朝桜陰比事」」『古典文学研究』第5号、長崎大学、1996年12月、74-82頁。 
  • 周瑛「『本朝桜陰比事』と『棠陰比事』の表現の一考察」『和漢語文研究』第8号、京都府立大学国中文学会、2010年11月、62-78頁。 
  • 周瑛「『板倉政要』をめぐる諸問題:『棠陰比事』と『本朝桜陰比事』とに関連して」『和漢語文研究』第9号、京都府立大学国中文学会、2011年11月、1-16頁。 
  • 周瑛「『板倉政要』の影響:『鎌倉比事』と『本朝藤陰比事』を中心に」『和漢語文研究』第10号、京都府立大学国中文学会、2012年11月、16-29頁。 
  • 周瑛「『棠陰比事諺解』の特質について」『和漢語文研究』第11号、京都府立大学国中文学会、2013年11月、112-133頁。 
  • 周瑛「『昼夜用心記』における因果について」『和漢語文研究』第12号、京都府立大学国中文学会、2014年11月、85-99頁。 
  • 周瑛「『棠陰比事諺解』写本の混乱をめぐる一考察」『和漢語文研究』第17号、京都府立大学国中文学会、2019年11月、74-88頁。 
  • 松村美奈「『棠陰比事』の注釈書についての一考察:林羅山との関連を軸に」『文学研究』第95号、日本文学研究会、2007年4月、51-62頁。 
  • 松村美奈「『棠陰比事』をめぐる人々:金子祇景の人的交流を中心に」『愛知大学国文学』第47号、愛知大学国文学会、2007年11月、13-26頁。 
  • 松村美奈「仮名草子の中の裁判話:『棠陰比事物語』を中心に」『愛知大学短期大学部研究論集』第38号、愛知大学短期大学部、2015年12月、104-90頁。 
  • 松村美奈「小酒井不木と『棠陰比事』」『愛知大学国文学』第56号、愛知大学国文学会、2017年1月、1-14頁。 
  • 大久保順子「『棠陰比事』系列裁判話小考:「諺解」「加鈔」「物語」の翻訳と変容」『香椎潟』第44号、福岡女子大学、1999年3月、79-92頁。 
  • 長島弘明「常磐松文庫蔵『棠陰比事』(朝鮮版) 三巻一冊 (調査報告8)」『年報』第2巻、実践女子大学、1983年3月、43-99頁。 
    • 和刻諸本の元となった常磐松文庫蔵の稀覯本に関する報告。全翻刻テキストを収録。常磐松文庫は、実践女子大学・実践女子大学短期大学部図書館の所蔵。