出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
棚橋 影草(たなはし えいそう、1899年12月1日 - 1970年9月9日)は、日本の俳人、医学者。福岡県福岡市出身。本名は棚橋陽吉。
1918年福岡県立中学修猷館[1]を経て、九州帝国大学医学部を卒業し、同大医学部教授に就任。貝の血液研究でも知られる[2]。
昭和の初めから、吉岡禅寺洞に師事し、俳誌「天の川」幹部同人となり、新興俳句の隆盛期に評論などで活躍した。一時横山白虹の後を継ぎ「天の川」を編集している。1938年以後目を病み、句作から離れた[2]。
- ^ 『修猷館同窓会名簿 修猷館235年記念』(修猷館同窓会、2020年)同窓会員13頁
- ^ a b 『昭和人物事典 戦前期』(日外アソシエーツ、2017年)