桓彬
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桓 彬(かん ひん、133年 - 178年)は、後漢の官僚。字は彦林。本貫は沛国竜亢県。
経歴
[編集]許県令をつとめた桓麟(桓焉の弟の桓酆の子)の子として生まれた。若くして蔡邕と名声を等しくした。はじめ孝廉に察挙され、尚書郎に任じられた。ときに中常侍の曹節の娘婿の馮方が尚書郎となった。桓彬は尚書左丞の劉歆や尚書右丞の杜希と仲良くしていたが、馮方とは酒食をともにしようとしなかった。馮方はこのことを深く恨んで、桓彬らが酒党を作っていると言上した。尚書令の劉猛は桓彬らを支持して、馮方の訴えを取りあげなかった。曹節は激怒して、劉猛が私党におもねっていると弾劾奏上した。劉猛は10日ほどで出獄したものの、免官・禁錮とされた。桓彬もやはり免官された。178年(光和元年)、家で死去した。享年は46。
著書に『七説』があった。
脚注
[編集]伝記資料
[編集]- 『後漢書』巻37 列伝第27