核変換
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核変換(かくへんかん、英: nuclear transmutation)とは、原子核が放射性崩壊や人工的な核反応によって他の種類の原子核に変わることをいう[1]。核種変換、元素変換(英: transmutation of elements)、原子核変換とも称される。
使用済み核燃料に含まれる半減期が極めて長い核種を、短寿命の核種に変える群分離・核変換技術により、環境負荷を低減する研究開発が進められている。
概要
[編集]化学において、化学結合で結ばれた原子群である分子は基本的な要素の一つであるが、化学反応によってその分子の構成は比較的容易に変化する。一方、その分子の構成要素である原子(の原子核)もまた核力で結ばれた陽子と中性子の群でしかないため、分子同様、原子もその構成(核種[注釈 1])は、分子ほど容易ではないものの[注釈 2]、変化することがある。この原子の原子核の構成の変化(核種の変化)を核変換 (nuclear transmutation) と呼ぶ。
原子核物理学において基本的な現象である放射性核種が放射線を放出して別の核種へと変わる放射性崩壊は核変換の一種であるが、純粋に人工的な核変換は、1932年のコッククロフトとアーネスト・ウォルトンによる、加速器を用いた核種の変換の成功に始まる[注釈 3]。なお、核分裂反応や核融合反応も核変換の一種である。
核変換によって生成される代表的な物質としてはプルトニウム239がある[注釈 4]。
なお、元来は原子を構成する核種の半減期は環境変化の影響を極めて受けにくい物理量であり、古典物理学的・化学的な手法では半減期を変化させる(その核種を核変換させる)ことはできないと考えられていたが、近年になって、極端な状態においてようやく1%程度というものであるが、高圧、電磁場あるいは化学構造などによって、半減期が変化する(核変換が発生する)ということが明らかとなっている[3][注釈 5]。
原子炉の使用済み核燃料からなる高レベル放射性廃棄物は様々な核種を含んでいるが、その一部は、天然ウランレベルの放射能まで減衰するのには数万年のオーダーの時間がかかる超長寿命の核種である。プルサーマルや核燃料サイクルを経て出てくる放射性廃棄物から、超長寿命核種であるマイナーアクチノイド(MA)[注釈 6]や核分裂生成物(FP)を群分離したうえで、数百年単位の短寿命核種または安定核種に核変換する技術(核変換技術、かつては消滅処理)の研究開発が1970年代から[注釈 7]進められている。
歴史
[編集]1901年、フレデリック・ソディはトリウムがラジウムへと自然に放射性崩壊(アルファ崩壊)することを発見した。彼はすぐさまこの発見を同僚のアーネスト・ラザフォードに報告した[8]。
1919年、ラザフォードは窒素にアルファ粒子を照射することによって酸素に核変換(14N + α → 17O + p. )することに成功した。これは核反応(ある物質の放射性崩壊により放出された粒子が他の原子核を変換する反応)を観測した世界初の出来事であった。
1932年には、ついに完全に人工的な核反応かつ核変換がラザフォードの同僚であるジョン・コッククロフトとアーネスト・ウォルトンによって達成された。彼らは陽子を人工的に加速し、リチウム7へ照射し、二つのアルファ粒子へ分裂させた。また同年、マーク・オリファントは二つの重水素を加速衝突させることでヘリウムを作り出す、人工的な核融合に成功した[9]。
1938年には、オットー・ハーン、リーゼ・マイトナー、そして助手のフリッツ・シュトラスマンは核分裂反応を発見した[10]。
1942年、エンリコ・フェルミを中心としたシカゴ大学の研究チームが世界最初の制御核分裂連鎖反応を成功させた。
核変換技術(消滅処理)
[編集]比喩として、化学において、化学物質である青酸カリ(KCN)は人体にとって強力な毒性を持つものであるが、チオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3)と化学反応させることで、化学構造が変化し、より毒性の低い化学物質にすることができる。
- (化学式)
これと同様に、化学ではない原子核の世界においても、放射性物質(核種)に対して、なにか反応(核反応)をさせる[注釈 8]ことで原子核の構造が変化(核変換)し、より有害性の少ない核種にするということが考えられる。
長寿命の放射性核種を核変換によって短寿命核種あるいは安定核種に変えてしまう技術を核変換技術(transmutation technology)と呼ぶ[11](かつては消滅処理と呼ばれていた[12])。その具体的方法としては、中性子による(n, γ)、(n, 2n)反応を利用してより短寿命の核種に変換させるいわゆる中性子燃焼法が代表的であり[13]、1964年にブルックヘブン国立研究所(BNL)のM.Steinbergらのグループによって、中性子源として原子炉を利用する形で提案されたものが核変換技術の最初である[14]。
この軽水炉を用いる方法では、核分裂生成物は主に熱中性子の捕獲反応((n, γ)反応)によって核変換される[15]。しかしながら、核分裂生成物の熱中性子に対する捕獲断面積は小さいため、核変換を効率良く行わせるためには、熱中性子の照射対象をできるだけ核変換処理の対象の核種(85Kr , 90Sr , 137Csなど)に絞る、すなわち群分離[注釈 9]をする必要がある。
日本における取り組み
[編集]文部科学省
[編集]文部科学省は2014年度(平成26年度)からJ-PARCに核変換実験施設[17] を建設し、高レベル放射性廃棄物に含まれる放射性物質の半減期を短縮し、減量化を目指している[18]。本格的実験施設は世界初とされる[19]。
核変換の研究全般については、文部科学省研究開発局原子力課放射性廃棄物企画室が取り仕切る原子力科学技術委員会 群分離・核変換技術評価作業部会[20] において、研究・開発の評価、調査・検討を行っている。
理研
[編集]政府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)に採択された核変換技術の研究で中心となっている。理化学研究所仁科加速器研究センターのRIビームファクトリーなどを活用する[21]。使用済み核燃料を再処理した後の放射性廃棄物には放射性同位元素が約1000種類含まれる。このうち半減期が長いのは7種類で、その中でパラジウム107とジルコニウム93に重陽子をぶつけるなどして、産業利用できる無害な金属や、半減期が短い同位体に変えることを目指す[22]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 陽子数(原子番号)に関する種類分けの要素元素と呼び、より詳細な区分け方である陽子と中性子の数(質量数、原子番号)に関する種類分けの要素を核種と呼ぶ。
- ^ 核力による結合は化学結合による結合とは比較にならないほど強く、基本的に古典物理学的または化学的な手法に対しては原子の原子核はほぼその影響を受けない。
- ^ なお、純粋に人工的な核変換ではないものの、1919年にラザフォードは、放射性物質から出るα線を窒素の原子核に衝突させることで水素原子核と酸素原子核を生じさせていた。
- ^ そもそも原子炉はウランの同位体の中でも核分裂反応をし難いウラン238から核分裂反応を起こす核種であるプルトニウム239を核変換によって生成するために開発された。
→「シカゴ・パイル1号」も参照
そのため、現在においても原子力発電所の使用済み核燃料を再処理することで核変換によって生成されたプルトニウム239を抽出することができる。ただし、原子力発電所(熱中性子炉)はプルトニウムを生成する効率(転換比)が悪く経済的では無いと言われる。その欠点を克服して効率的(高い転換比で)に核変換を起こす(プルトニウムを生成する)ことができる炉を、増殖炉と呼ぶ[2]。
増殖炉としては、高速増殖炉(高速中性子を用いた増殖炉)のもんじゅなどが知られている。 - ^ 例えば、2014年3月、三菱重工業は、パラジウムと酸化カルシウムからなる多層膜に金属元素を付着させ、この膜に重水素を透過させる手法によってマイクログラム単位の元素変換を確認できたと報告した。セシウム(原子番号55)はプラセオジム(原子番号59)に、ストロンチウム(原子番号38)はモリブデン(原子番号42)に、カルシウム(原子番号20)はチタン(原子番号22)に、タングステン(原子番号74)は白金(原子番号78)になるなど、原子番号が2または4または6大きい元素に変わったという[4][5][6]。
- ^ アクチノイド系列に属する超ウラン元素のうち、核燃料そのものであるプルトニウムを除いたものを、マイナーアクチノイド(Minor actinide)と呼ぶ。プルサーマルや核燃料サイクルにてプルトニウムは放射性廃棄物の中から抽出されることになるため、それらを経た放射性廃棄物に含まれる超ウラン元素で超長期の寿命を持つものはマイナーアクチノイドのみになる。マイナーアクチノイドは、熱中性子炉(軽水炉)で処理する場合、中性子を捕獲させて核分裂性物質にする必要があり、炉の設計、特に安全特性に影響を及ぼすことから、燃料として使えなかった。これに対し、直接核分裂させることができる高速中性子炉である高速増殖炉の核燃料サイクルの中で処理する方法や、加速器駆動未臨界炉や専焼高速炉による階層処理が考えられている。
- ^ 日本においては、原子力発電に伴う使用済み燃料の再処理工程から生ずる核分裂生成物、超ウラン元素等を対象としてその総合対策を検討するため、1971年8月に「核分裂生成物等総合対策懇談会」が日本原子力産業会議によって設置された[7]。
- ^ ただし、原子核を構成する核子を結びつける核力は化学結合やクーロン力とは比較にならないくらい結びつきが強いため、化学物質のように簡単には(〈基本的に〉低いエネルギーの働きかけで反応させることは)できない。
- ^ 問題となる核種を半減期や化学的(chemical)な性質に応じたグループに分離することを群分離と呼ぶ[16]。
出典
[編集]- ^ 「核変換」『デジタル大辞泉、精選版 日本国語大辞典』 。コトバンクより2024年7月3日閲覧。
- ^ 原子力発電 p.175
- ^ クローズド・システム(1973) p.30
- ^ “放射性廃棄物の無害化に道? 三菱重、実用研究へ”. 日本経済新聞 (2014年4月8日). 2014年6月2日閲覧。
- ^ 岩村康弘・伊藤岳彦・坂野 充・栗林志頭真. “三菱重工技報 重水素透過によるパラジウム多層膜上での元素変換の観測”. 三菱重工業株式会社. 2014年11月30日閲覧。
- ^ 吉田 克己『元素変換現代版<錬金術>のフロンティア』KADOKAWA/中経出版、2014年。ISBN 978-4040800165。
- ^ クローズド・システム(1973) p.2
- ^ Muriel Howorth,Pioneer Research on the Atom: The Life Story of Frederick Soddy, New World, London 1958, pp 83-84; Lawrence Badash, Radium, Radioactivity and the Popularity of Scientific Discovery, Proceedings of the American Philosophical Society 122,1978: 145-54; Thaddeus J. Trenn, The Self-Splitting Atom: The History of the Rutherford-Soddy Collaboration, Taylor & Francis, London, 1977, pp 42, 58-60, 111-17.
- ^ “Sir Mark Oliphant (1901–2000)”. University of Adelaide. 5 October 2013閲覧。
- ^ Cockcroft and Walton split lithium with high energy protons April 1932.
- ^ 小無(1992) p.1
- ^ 用語「消滅処理」の変更について, ATOMICA:消滅処理 『(4)消滅処理から核変換処理への用語変更の経緯』 参照
- ^ 道家(1975) p.1
- ^ 道家(1974) p.557
- ^ 道家(1974) p.4
- ^ 中村(1979) p.1
- ^ “核変換実験施設|J-PARC|大強度陽子加速器施設”. 2014年11月30日閲覧。
- ^ “【科学】高レベル廃棄物対策の切り札 放射能減らす「核変換」本格研究へ”. 産経新聞. (2014年1月20日) 2014年11月30日閲覧。
- ^ 読売新聞2013年7月7日13S版2面
- ^ 原子力科学技術委員会 群分離・核変換技術評価作業部会
- ^ 核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化 理研(2018年6月1日閲覧)。
- ^ 「核廃棄物の有害性低減/理研など、元素を変換/資源として再利用も 技術確立めざす」『日経産業新聞』2017年11月21日(先端技術面)。
参考文献
[編集]- 小無健司 (1992), “核分裂生成物の消滅処理”, 核データニュース 2
- 道家忠義 (1974), “放射性廃棄物の消滅処理”, 日本原子力学会誌 Vol.16 (1974) No.11 P557-565
- 道家忠義 (1975), 加速器による核分裂生成物の消滅処理(原子力安全問題研究会(編) 編『原子力発電の安全性』岩波書店、1975年。)
- 中村治人 (1979), “再処理高レベル廃液の群分離”, 日本原子力学会誌 Vol.21 (1979) No.4 P293-297
- 梅澤弘一 (1989), “「OMEGA計画」の概要 新たな可能性を目指す群分離・消滅処理の研究開発”, 日本原子力学会誌 Vol.31 (1989) No.12 P1317-1323
- 広重徹『物理学史Ⅱ』培風館、1967年。ISBN 4563024066。
- 日本原子力産業会議, ed. (1973), “核分裂生成物等総合対策懇談会報告--放射能クローズド・システムの構想”, 原子力資料 (63): 1-36
- 『原子力発電』岩波書店〈岩波新書〉、1976年。