松本与右衛門
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松本 与右衛門(與右衞門、まつもと ようえもん、1868年4月10日(明治元年3月18日[1])- 1920年(大正9年)8月10日[2])は、明治から大正期の酒造家、実業家、政治家。衆議院議員。
経歴
[編集]陸奥国胆沢郡塩竃村(岩手県[2]胆沢郡水沢町[3]、水沢市を経て現奥州市水沢中上野町)で、庄屋[4]・松本元助、きさ の長男として生まれた[1]。1888年(明治21年)明治法律学校(現明治大学)に入学した[1][2][4]。
1889年(明治22年)帰郷して条約改正反対運動を進めた[1][4]。その後、岩手自由青年会を組織して幹事に就任[1][2][3][4]。1897年(明治30年)憲政党岩手支部幹事となる[1][4]。また、胆沢郡会議員、水沢町会議員、岩手県会議員にも在任した[2][3]。
1902年(明治35年)8月、第7回衆議院議員総選挙(岩手県郡部、立憲政友会)で当選し[1][5]、1903年(明治36年)3月、第8回総選挙(岩手県郡部、立憲政友会)でも再選され[5]、衆議院議員に連続2期在任した[2][3]。
実業界では酒造業を営み、水沢銀行重役、胆江倉庫重役、岩手県農工銀行監査役、水沢貯蓄銀行監査役、胆江酒造組合長などを務めた[1][2][3][4]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 田中重策篇『新撰衆議院議員列伝』日本現今人名辞典発行所、1903年。
- 人事興信所編『人事興信録 初版』人事興信所、1903年。
- 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 自第7回至第13回』衆議院事務局、1918年。
- 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。