東京愚連隊
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東京愚連隊(とうきょうぐれんたい)は、東京都を中心に活動しているプロレス法人プロダクション。
歴史
[編集]2000年
[編集]2001年
[編集]2002年
[編集]2003年
[編集]- 10月、TAKEMURAが帰郷。
2004年
[編集]- 2月、NOSAWAとMAZADAは全日本プロレスに参戦。
- 5月、NOSAWAとMAZADAが新日本に参戦するもTAKEMURAと仲間割れ。
- 6月、全日本で3人が再合体。
- 10月、NOSAWAがリングネームを「NOSAWA論外」に改名(日本での活動のみ)。
2005年
[編集]- 2月、NOSAWA論外とMAZADAが喧嘩して東京愚連隊は活動停止。
- 4月、アメリカでNOSAWAとKIKUZAWAタッグが一夜限りの復活を遂げる。
- 6月、NOSAWA論外の自主興行で東京愚連隊が再結成。
- 7月、再び仲間割れして敗者追放マッチがにて敗れたNOSAWA論外が全日本を離脱。
- 11月、大人の事情で再復活。
2006年
[編集]- 1月、全日本で復活。TAKEMURAが新日本を退団。
- 2月、TAKEMURAが合流。
- 8月、TAKEMURAが無我ワールドプロレスリングに入団。
2007年
[編集]- 5月、ディファカップでNOSAWA論外、MAZADA、TAKEMURA、FUJITA、KIKUZAWAが一夜限りの東京愚連隊を再結成。
- 12月、TAKEMURAが無我を退団。
2008年
[編集]- 1月、TAKEMURAが全日本に参戦。東京愚連隊に復帰。
- 1月10日、東京愚連隊の法人プロダクション化を発表。フリーから晴れて所属選手となる。
2009年
[編集]- TAKEMURAがケガにより戦線離脱。
- 「TAKEMURA AID」を開催。
2010年
[編集]- 6月、主戦場を全日本からプロレスリング・ノアに移すというNOSAWA論外の発言にMAZADAが反発。NOSAWA論外とFUJITAはノアでGHCジュニアヘビー級タッグ王座に挑戦する一方でMAZADAは全日本に残りVOODOO-MURDERSに加入という形になった。
2011年
[編集]- 2月、NOSAWA論外が新日本に参戦中の興行先の仙台で酔ったままタクシー盗難の容疑で逮捕。後に謝罪会見で東京愚連隊及び当人の選手活動を自粛することを発表。
- 5月、控室での暴行事件に対する全日本からの処分によりVOODOO-MURDERSが解散。MAZADAが国内での試合自粛。
- 6月、NOSAWA論外が鈴木みのるのチャリティー興行で復帰。
- 9月、「東京LOVE2〜ANOTHER CHANCE〜」を開催して活動を再開。離脱していたMAZADAと和解して完全復活となる。
- 11月、上記の暴行事件にて被害者親族からの告発によりMAZADAが逮捕。12月、罰金刑により支払い釈放。
- 12月、「ファン感謝デー」を開催。MAZADAがファンの前で謝罪。
2014年
[編集]2022年
[編集]- 10月27日、翌年に引退を控えたNOSAWA論外が、12月20日に最後の愚連隊興行【TOKYO DREAM FINAL THE LAST FESTIVAL】を開催する事を発表。NOSAWA論外がサイバーファイト所属の為、最後の愚連隊興行はプロレスリング・ノアと同様、サイバーファイト主催、ザ・リーヴを冠スポンサーとして開催される。
タイトル
[編集]最終所属選手
[編集]歴代所属選手
[編集]外部リンク
[編集]- 東京愚連隊 (@tokyogurentai) - X(旧Twitter)