村上芳太郎
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村上 芳太郎(むらかみ よしたろう、1861年4月13日(文久元年3月4日[1][注釈 1])- 1909年(明治42年)1月15日[1][2][3])は、明治期の実業家、政治家。衆議院議員、愛媛県越智郡今治町長。
経歴
[編集]伊予国越智郡今治中浜町[1](愛知県[2]越智郡今治中浜町、今治町を経て現今治市[3]中浜町)で、商家に生まれた[1]。漢学、法律学、経済学を修めた[2][3]。
中浜町会議員、今治町会議員を務めた[1][2][3]。1886年(明治19年)3月、愛媛県会議員に選出され[1][2][3]、1894年(明治27年)9月まで在任[1]。高須峯造の勧めで立憲改進党に所属した[1]。1891年(明治24年)4月、今治町長に就任し1893年(明治26年)2月まで務めた[1][2][3]。その他、連合町村会議員、所得税調査委員、学務委員などにも在任した[2][3]。
1894年9月、第4回衆議院議員総選挙(愛媛県第2区、立憲改進党)で当選し[1][4]、衆議院議員に1期在任した[2][3]。1898年(明治31年)3月の第5回総選挙(愛媛県第2区)では次点で落選した[1][4]。
実業界では、伊予綿布社長、伊予紡績常務取締役、今治米穀取引所創立委員長、同理事、四国鉄道創立委員長、同取締役、東予汽船相談役、日本紡績連合会常務委員などを務めた[1][2][3]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 『議会制度百年史 - 衆院議員名鑑』639頁、『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』447頁では安政5年7月。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 『衆議院議員総選挙一覧 上巻』衆議院事務局、1915年。
- 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
- 『愛媛県史 人物』愛媛県史編纂委員会、1989年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。