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李秉源

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
李秉源
通政大夫
議政府領議政
本貫氏派 全州李氏麟坪大君派
続柄 李鎮翼第2子
諱号 秉源
字号 景深
誕生年 乾隆17年(1752年
没死 道光2年(1822年
実父 李鎮翼
子女 李䆃重
南延君李球
李彙重

李 秉源(イ・ビョンウォン、1752年 - 1822年)は、李氏朝鮮両班本貫氏派全州李氏麟坪大君派。李鎮翼第2子。諱号は「秉源」。字号は「景深」。第2子は南延君である。

系統は仁祖の第3子で玄祖父の麟坪大君傍系である。生前時の実父の李鎮翼蔭位制により嘉善大夫・漢城府右尹であったが、若年時の李秉源は官位官職にありつけなかった。

1783年式年試合格者100人中44位であり、3等14位として生員認定された[1]1833年5月13日、第2子南延君上疏で70歳の李秉源に官位を要請すると、純祖が承諾した[2]5月16日、通政大夫に叙位[3]。卒去後に議政府左賛成を追贈される。1864年2月17日興宣大院君により議政府領議政を追贈される[4]

経歴

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西暦 月日 内容
1783年 生員認定
1822年 5月16日 通政大夫(正三品上階)
議政府左賛成(追贈)
1864年 2月17日 議政府領議政(追贈)

家門

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尊属
続柄 備考
実父 李鎮翼
実母 漢陽趙氏 本貫漢陽趙氏趙道健の娘。
妻子
続柄 備考
正室 延日鄭氏 本貫延日鄭氏鄭義煥の娘。
  一子 李䆃重
二子 南延君李球 興宣大院君の実父。
三子 李彙重
正室 広州金氏 本貫広州金氏金鎮九の娘。

脚注

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