コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

智満寺 (島田市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
智満寺
本堂(2010年)
本堂(2010年)
所在地 静岡県島田市千葉254
位置 北緯34度53分28.5秒 東経138度9分43.3秒 / 北緯34.891250度 東経138.162028度 / 34.891250; 138.162028座標: 北緯34度53分28.5秒 東経138度9分43.3秒 / 北緯34.891250度 東経138.162028度 / 34.891250; 138.162028
山号 千葉山
宗派 天台宗
本尊 千手観世音菩薩
創建年 神護景雲年間(767年 - 770年
開山 広智
中興年 文治5年(1189年
中興 源頼朝千葉常胤
文化財 智満寺本堂(重要文化財)、智満寺の十本スギ(天然記念物)、他
公式サイト 天台宗 千葉山 智満寺
法人番号 7080005004602 ウィキデータを編集
テンプレートを表示

智満寺(ちまんじ)は、静岡県島田市にある天台宗寺院

歴史

[編集]

神護景雲年間(767年 - 770年)、広智によって開山された。広智は鑑真の法孫(孫弟子)にあたる僧侶である。光仁天皇より行基作と伝えられる千手観世音菩薩と「智満寺」の寺号を賜って寺を創建した[1][2]

その後、火事に遭い、1189年文治5年)に源頼朝の命により千葉常胤によって再建された。これまで山号は「宝亀山」または「広智山」と称していたが、この時に「千葉山」となった。千葉常胤が由来である[2][3]

室町時代からは今川氏の庇護を受けている。今川氏滅亡後は、徳川家康によって整備された。現在の本堂は家康が建てたものである[3]

当寺の境内には、樹齢800年から1000年と推測されるの巨木がある。「智満寺の十本スギ」として国の天然記念物に指定されている。10本の杉であるが、そのうち「開山杉」「子持杉」「頼朝杉」は、枯死などで現存しない[2][3]

大井川上流の川根本町上長尾にも同名の千葉山智満寺があるが、そちらは島田市の智満寺の末寺であったという説がある(1491年、曹洞宗に改宗)[4]

文化財

[編集]

重要文化財

[編集]
  • 智満寺本堂(重要文化財 昭和41年6月11日指定)[5]
  • 智満寺の十本スギ(天然記念物 昭和37年6月29日指定)[6]

静岡県指定有形文化財

[編集]
  • 木造千手観音立像(静岡県指定有形文化財 明治33年4月7日指定)[7]
  • 智満寺中門(静岡県指定有形文化財 昭和31年1月7日指定)[8]
  • 智満寺薬師堂(静岡県指定有形文化財 昭和31年1月7日指定)[9]
  • 智満寺薬師堂厨子(静岡県指定有形文化財 昭和31年1月7日指定)[10]
  • 智満寺元三大師厨子(静岡県指定有形文化財 昭和31年1月7日指定)[11]
  • 智満寺仁王門(静岡県指定有形文化財 昭和31年1月7日指定)[12]
  • 紙本墨書称讃浄土経(静岡県指定有形文化財 昭和37年2月27日指定)[13]

島田市指定文化財

[編集]
  • 智満寺薬師如来坐像(島田市指定文化財 昭和59年5月22日指定)[14]
  • 智満寺金剛力士立像(島田市指定文化財 昭和59年5月22日指定)[15]
  • 智満寺木造千手観音立像(島田市指定文化財 昭和59年5月22日指定)[16]
  • 智満寺不動明王及び二童子像(島田市指定文化財 昭和59年5月22日指定)[17]

交通アクセス

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ 智満寺について智満寺
  2. ^ a b c 静岡県日本史教育研究会 編『静岡県の歴史散歩』山川出版社〈歴史散歩22〉、2006年、205-206頁。 
  3. ^ a b c 千葉山智満寺島田市観光協会
  4. ^ 曹洞宗 智満寺 | 河根法窟・川根大仏の寺”. 曹洞宗 智満寺. 2023年6月14日閲覧。
  5. ^ 智満寺本堂文化庁
  6. ^ 智満寺の十本スギ文化庁
  7. ^ 木造千手観音立像静岡県
  8. ^ 智満寺中門静岡県
  9. ^ 智満寺薬師堂静岡県
  10. ^ 智満寺薬師堂厨子静岡県
  11. ^ 智満寺元三大師厨子静岡県
  12. ^ 智満寺仁王門静岡県
  13. ^ 紙本墨書称讃浄土経静岡県
  14. ^ 智満寺薬師如来坐像島田市
  15. ^ 智満寺金剛力士立像島田市
  16. ^ 智満寺木造千手観音立像島田市
  17. ^ 智満寺不動明王及び二童子像島田市

外部リンク

[編集]