日本甜菜製糖芽室製糖所
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日本甜菜製糖芽室製糖所 | |
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操業開始 | 1970年10月26日[1] |
場所 | 日本 北海道河西郡芽室町 |
座標 | 北緯42度55分19秒 東経143度04分41秒 / 北緯42.92194度 東経143.07806度座標: 北緯42度55分19秒 東経143度04分41秒 / 北緯42.92194度 東経143.07806度 |
業種 | 食料品 |
生産品 | グラニュー糖、ラフィノースなど |
従業員数 | 約110名[2] |
敷地面積 | 138.23ヘクタール (1.3823 km2)[2] |
工場規模 | 6.4ヘクタール (0.064 km2)[2] |
住所 | 北海道河西郡芽室町東芽室基線26 |
所有者 | 日本甜菜製糖 |
日本甜菜製糖芽室製糖所(にっぽんてんさいせいとうめむろせいとうじょ)は、北海道河西郡芽室町にある日本甜菜製糖の工場。原料の処理能力が日本国内最大規模となる1日8,500トンあり[3]、ビート糖(テンサイ)からグラニュー糖やラフィノースなどを生産している。
設備
[編集]- 工場本館[2]
- ビート洗浄室[2]
- キルン室[2]
- 砂糖倉庫[2]
- パルプ倉庫[2]
- 糖分測定センター[2]
- ビートビン[2]
- 排水沈殿池[2]
- 濃厚汁貯槽 (95,000 kl)[2]
- 重油貯槽 (5,000 kl)[2]
- シュガーサイロ (30,000 t)[2]
沿革
[編集]- 1970年(昭和45年):芽室製糖工場完成[4]。
- 1977年(昭和52年):帯広製糖所閉鎖し[5]、芽室製糖工場に統合(芽室製糖所と改称)[6]。
- 1989年(平成元年):日本国内初となるシュガーサイロ完成[7][リンク切れ]。
- 1996年(平成 8年):ラフィノース生産開始[4]。
- 2007年(平成19年):国道38号を挟んだ工場北側に「ビジネスセンター」完成[4][8]。
- 2012年(平成24年):十勝鉄道による鉄道輸送終了[4][9]。
- 2014年(平成26年):ビートパルプ蒸気乾燥設備稼働[4][10]。
脚注
[編集]- ^ “日甜芽室製糖工場操業開始”. フォト北海道(道新写真データベース). 北海道新聞社 (1970年10月27日). 2017年12月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 会社案内, pp. 10–11.
- ^ “ビート続々 製糖開始 日甜芽室”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社). (2017年10月17日)
- ^ a b c d e “沿革”. 日本甜菜製糖. 2017年12月21日閲覧。
- ^ “日甜帯広 2月には芽室工場に移転”. フォト北海道(道新写真データベース). 北海道新聞社 (1976年12月28日). 2017年12月22日閲覧。
- ^ “【パイオニアの軌跡】日本甜菜製糖90周年◆下◆”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社). (2009年6月12日). オリジナルの2015年6月20日時点におけるアーカイブ。 2018年2月7日閲覧。
- ^ “砂糖サイロ完成-日甜芽室製糖所。国内初、3万トン貯蔵”. フォト北海道(道新写真データベース). 北海道新聞社 (1989年12月15日). 2017年12月21日閲覧。
- ^ “ビジネスセンター完成 日本甜菜製糖”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社). (2007年3月22日)
- ^ “さよなら十鉄(じゅってつ)、廃止された「十勝鉄道」とは?”. 北海道ファンマガジン (2012年6月1日). 2017年12月21日閲覧。
- ^ “新乾燥設備が竣工*日甜芽室”. フォト北海道(道新写真データベース). 北海道新聞社 (2014年9月27日). 2017年12月21日閲覧。