於保氏
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於保氏 | |
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十二日足 | |
本姓 |
称・藤原北家隆家流肥前高木氏流 火君(多氏族)? |
家祖 | 於保宗益 |
種別 | 武家 |
出身地 | 肥前国佐賀郡於保村 |
主な根拠地 | 肥前国佐賀郡於保村 |
凡例 / Category:日本の氏族 |
於保氏(おほし、おぼし)は、日本の氏族。日本最古の皇別氏族とされる、多氏(おおし/おおうじ)の末裔説がある。
藤原北家隆家流と称した肥前高木氏の分流であり、高木宗益が肥前国佐賀郡於保村に拠り、初めて於保氏を称した。
『歴代鎮西志』には文治2年(1186年)に初めて於保氏の名が現れている。また、後に佐賀藩士となった一族の於保作左衛門方から寛政年間(1789年)に発見された文書に関連記述が見られる[1]。
所領は、現在の於保天満宮(於保氏館後と伝えられる)を中心とし嘉瀬川の西部一帯と伝わる。