新井昌一
新井 昌一(あらい しょういち、1925年6月25日 - 2012年9月26日[1])は、日本の実業家。全国共済農業協同組合連合会(全共連)会長[2]、全国共済農業協同組合連合会初代経営管理委員会会長[3]群馬県出身[3]。
経歴
[編集]高崎市農協代表理事組合長を務め、群馬県農協中央会会長[5]、JA群馬信連経営管理委員会会長、JA全農群馬県本部運営委員会会長[5]、全共連群馬運営委員会会長、JA群馬厚生連代表理事会長を歴任[1]。
ライフアドバイザーの強化や地域住民への普及活動などを効果的に展開し、4年連続で推進目標を達成するなどの実績を上げる[要出典]。
1999年に全共連会長に就任。2000年4月には都道府県共済連との一斉統合を行うという大きな組織改革を実現した[3][6]。
2002年には全共連の初代経営管理委員会会長に就任した[3]。
その他にも、農協共済総合研究所(現:JA共済総合研究所)理事長[7]、群馬県収用委員会委員[8]、群馬県経済農業協同組合連合会会長[9]、共栄火災海上保険取締役・名誉顧問[10]、群馬県食肉卸売市場社長[要出典]、群馬県牛乳販売農業協同組合連合会会長[要出典]、全国共済農業協同組合連合会代表理事会会長[11]、全国農業協同組合連合会群馬県本部運営委員会委員長[1]、群馬県食肉公社社長[要出典]、農林放送事業団理事[要出典]、農協共済中伊豆リハビリテーションセンター理事長[12]を務めた。
人物・交友
[編集]群馬県選出で、第71・72・73代内閣総理大臣の中曽根康弘とは古くからの付き合いで[3]、中曽根康弘後援会総連合会会長も務めた[要出典]。
また、農林省官房長、食糧庁長官、農水次官、農水相などを歴任した大河原太一郎とは同郷で強いつながりがあった[3]。
脚注
[編集]- ^ a b c d “【訃報】元JA共済連経営管理委員会会長の新井昌一氏が死去 農政・農協ニュース”. 農業協同組合新聞 (2012年10月4日). 2021年5月28日閲覧。
- ^ “農協系統組織とのトップ懇談会 出席者名簿”. 農林水産省. 2021年5月28日閲覧。
- ^ a b c d e f g h “栄誉を讃えて 新井JA共済連会長の叙勲祝賀会盛大に 農政.農協ニュース”. 農業協同組合新聞 (2004年12月21日). 2021年5月28日閲覧。
- ^ “特集:地域における満足度・利用度No.1をめざして――21世紀に飛躍するJA共済事業/JACOM”. www.jacom.or.jp. 2021年8月15日閲覧。
- ^ a b “理事会、運営審議会及び評価委員会等(平成15事業年度 年報 機構概況編)”. 農畜産業振興機構 (2008年12月2日). 2021年5月28日閲覧。
- ^ “21世紀に向けてJA共済連スタート -相互扶助の理念のもと自らを耕し変革を”. 農業協同組合新聞. 2021年5月28日閲覧。
- ^ “創立20周年記念論文集 年表 研究所 20 年のあゆみ”. JA共済総合研究所 (2011年8月). 2021年5月28日閲覧。
- ^ “群馬県議会 会議録 平成7年12月 定例会 12月15日-04号”. 群馬県. 2021年5月28日閲覧。
- ^ “農畜産業振興機構 5 職員の状況”. 農畜産業振興機構. 2021年5月28日閲覧。
- ^ “人事異動についてのお知らせ”. 共栄火災海上保険 (2005年5月23日). 2021年5月28日閲覧。
- ^ “農魂忘れず 事業の発展を -JA共済連 代表理事会長 新井 昌一氏は語る「新生JA共済連 21世紀のJA共済事業の課題と展望」”. 農業協同組合新聞 2021年11月23日閲覧。
- ^ “特集:JA共済でゆたかで安心な地域社会を 農協共済中伊豆リハビリセンター30周年記念式典”. 農業協同組合新聞. (2003年5月28日) 2021年11月23日閲覧。