新井弘治
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新井弘治 あらい こうじ | |
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生年月日 | 1936年11月23日(87歳) |
出生地 |
日本 埼玉県北足立郡大石村 (現・埼玉県上尾市) |
出身校 |
埼玉県立川越農業高等学校中退 (現・埼玉県立川越総合高等学校) |
前職 | 実業家 |
所属政党 | 自由民主党 |
当選回数 | 3回 |
在任期間 | 1996年2月18日 - 2008年2月17日 |
選挙区 | 南6区 |
当選回数 | 3回 |
在任期間 | 1987年 - 1996年 |
在任期間 | 1979年 - ? |
新井 弘治(あらい こうじ、1936年〈昭和11年〉11月23日[1][2] - )は、日本の政治家。元埼玉県上尾市長。
経歴
[編集]埼玉県北足立郡大石村(現・上尾市)出身[1]。埼玉県立川越農業高等学校中退[1]。
中退後は、農業に従事後、実業家に転身した[2]。
1979年(昭和54年)、父の死去に伴い、上尾市議会議員選挙に立候補して初当選を果たした[2]。1983年(昭和58年)、再選を果たした[2]。
1987年(昭和62年)埼玉県議会議員に当選[1][注釈 1]。3期務めた[1]。
1996年上尾市長選挙
[編集]1996年(平成8年)、現職の荒井松司と新人1人を破って、上尾市長に当選した[1][4]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:43.02%(前回比:-pts)
候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
---|---|---|---|---|---|---|
新井弘治 | 59 | - | 新 | 29,791票 | 44.4% | - |
荒井松司 | 82 | - | 現 | 23,921票 | 35.6% | - |
篠塚多助 | 65 | - | 新 | 13,395票 | 20.0% | - |
2000年上尾市長選挙
[編集]第35代市議会議長など新人2人との争いとなったが、これを破って再選を果たした[5][6]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:39.05%(前回比: 3.97pts)
候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
---|---|---|---|---|---|---|
新井弘治 | 63 | - | 現 | 34,682票 | 53.7% | - |
浅野目義英 | 41 | - | 新 | 18,270票 | 28.3% | - |
増田悦子 | 64 | - | 新 | 11,580票 | 17.9% | - |
2019年(令和元年)7月、市長在職中に市が私有地の工事費を公費負担していたとして、新井側が工事費の全額に当たる約693万円を市に返還した[8]。
家族
[編集]叔父2人はそれぞれ、大宮市議会議長と平方町会議長を務めた[2]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f 日外アソシエーツ 1999, 18頁.
- ^ a b c d e f 『大宮上尾人脈史 : 大宮上尾名士立志伝 132コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『毎日選挙全記録 1991統一地方選挙 40コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『社会民主 (492) 86コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ a b “19 議会・選挙”. 2024年9月23日閲覧。
- ^ 『社会民主 (540) 40コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ “全国市長会ホームページ - 平成20年市長退任状況”. www.mayors.or.jp. 2024年9月22日閲覧。
- ^ “元上尾市長が693万円返還 埼玉、公費で所有地工事”. 産経ニュース (2019年7月19日). 2020年9月29日閲覧。
参考文献
[編集]- 日外アソシエーツ 編『現代政治家人名事典』日外アソシエーツ、1999年。ISBN 481691529X。