斎藤寿々夢
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(文化党から転送)
斎藤 寿々夢(さいとう すすむ、本名:斎藤 進、1943年6月27日 - )は、日本の演歌歌手、実業家、政治運動家(進歩自由連合副代表、文化党代表)。
略歴
[編集]栃木県那須郡出身。栃木県清原農学寮卒業後、演歌歌手を目指して上京。苦節10余年で漸くデビューに漕ぎ着けた途端に、所属レコード会社が倒産するなど辛酸を嘗めたが、その後バブル景気とゴルフブームの恩恵を受け、地元の栃木で不動産コンサルタント(土地ブローカー)として財を成す。
バブルが崩壊した1992年の第16回参議院議員通常選挙において、元進歩党常任幹事の依田米秋が結成した進歩自由連合のスポンサーになり、代表の依田を差し置いて比例代表名簿記載順位1位で初出馬したものの、下位落選。
1995年の第17回参議院議員通常選挙では、依田の急逝と進歩自由連合の活動停止に伴い、自ら政治団体『文化党』を結党して東京都選挙区から立候補し、主に伝統文化保護政策を主張したものの、党名・政策が酷似した『文化フォーラム』との間で票が分散し、再落選した。
1998年の第18回参議院議員通常選挙には、無所属で東京都選挙区から出馬。政見放送で自作曲『こんな日本に誰がした(BUBBLE)』を熱唱し、金融政策への不満を訴えたが、当選は果たせなかった。
その後も、地元から散発的に国政選挙等に挑戦し続けている。
2015年4月、叔父秋元文吉が長らく那須御用邸所長を務め、昭和天皇・明仁天皇・美智子皇后のお世話係に携わった関係もあり、明仁天皇と美智子皇后のパラオ訪問・慰霊の旅に感銘を受けて、日本・パラオ友好を祈念し、往年の大スター岡晴夫のヒット曲「パラオ恋しや」の再録に協力した。
選挙歴
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- 1992年 第16回参議院議員通常選挙 比例代表区 進歩自由連合 90,223票 得票率0.02% 落選 供託金没収
- 1995年 第17回参議院議員通常選挙 東京都選挙区 文化党 487票 落選 供託金没収
- 1998年 第18回参議院議員通常選挙 東京都選挙区 無所属 3,220票 落選 供託金没収
- 2004年 栃木県議会議員補欠選挙 那須郡東部 無所属 12,816票 落選 供託金返還 - 本名での立候補
- 2005年 第44回衆議院議員総選挙 栃木県第3区 無所属 1,618票 落選 供託金没収
- 2007年 栃木県議会議員選挙 那須塩原市・那須町選挙区 無所属 423票 落選 供託金没収
- 2011年 栃木県議会議員選挙 宇都宮市・上三川町選挙区 無所属 570票 落選 供託金没収
- 2015年 栃木県議会議員選挙 那須塩原市・那須町選挙区 無所属 764票 落選 供託金没収
作品
[編集]- 『斎藤寿々夢作品集』 キングレコード KIDD-4001 1990年10月21日発売 - 廃盤
- 『こんな日本に誰がした(BUBBLE)』 ビクターエンタテインメント VIDS-30026 1998年3月21日発売 - 廃盤
- 『日本国に誇りもて』 ウイングジャパン WJCR-30036 2009年4月8日発売
- 『月刊ミュージック☆スター』(2009年5月号)ユーズミュージック ISBN 4877841229
関連項目
[編集]外部リンク
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