戸越公園文化映劇
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戸越公園文化映劇 | |
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情報 | |
旧名称 | 戸越公園文化劇場、戸越公園文化映画 |
客席数 | 256席(1960年)[1]、316席(1969年)[2] |
用途 | 映画館 |
運営 | 米山米二(1960年・1969年)[1][2] |
所在地 | 東京都品川区東戸越4-19(1960年)[1]、東京都品川区戸越5-10-3(1969年)[2] |
戸越公園文化映劇(とこしこうえんぶんかえいげき)は、東京都品川区戸越5-10-3にあった映画館。戸越公園文化劇場、戸越公園文化映画という名称だった時期もある[1]。通称は戸越文化。1957年(昭和32年)以前に開館し、1969年(昭和44年)以後に閉館した。
歴史
[編集]1960年(昭和35年)時点の経営者・支配人はいずれも米山米二[1]。同年の品川区には33館の映画館があり、東戸越には戸越公園文化映劇が、西戸越には戸越銀座劇場があった[1]。戸越公園文化映劇は木造平屋建であり、暖房を備えていた[1]。座席数は256席[1]。大映と東宝の作品を上映していた[1]。
1962年(昭和37年)頃、橋幸夫主演の『江梨子』(大映)と『妖星ゴラス』(東宝)を二本立てで上映した。
1969年(昭和44年)時点の経営者・支配人はいずれも米山米二[2]。同年の品川区には22館の映画館があり、戸越にある映画館は戸越公園文化映画が唯一だった[2]。戸越公園文化映画は木造平屋建であり、暖房を備えていた[2]。座席数は312席[2]。東宝・大映・東映の作品を上映していた[2]。