志田房子
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志田 房子(しだ ふさこ、1937年(昭和12年)7月2日 – )は、琉球舞踊家、重要無形文化財「琉球舞踊立方」保持者(人間国宝)。琉球舞踊重踊流宗家。本名・志田フサ子[1]。
来歴・人物
[編集]1940年に琉球芸能の大家の玉城盛重に師事[2]。1947年に沖縄民政府主催の芸能審査会で資格証明書を取得、以後 舞踊家としての活動を始める[2][3]。盛重の没後は、田島清郷・仲井真盛良・金武良章・金城宗善・西平守模・真境名佳子・玉城盛義・島袋光裕・新垣義志らの名人上手から、それぞれの得意曲を伝授される[2][4][5]。
東京・沖縄を拠点に、後進育成や琉球舞踊の舞台活動をおこない、琉球舞踊の普及発展に貢献する[2][6]。
1988年に昭和62年度文化庁芸術祭芸術祭賞を、1992年に平成3年度(第42回)文化庁芸術選奨文部大臣賞をそれぞれ受賞した[2]。
2009年、重要無形文化財「琉球舞踊」保持者の総合認定を受ける[2]。
2021年、重要無形文化財「琉球舞踊立方」保持者(人間国宝)に認定される[7][8]。「人間国宝」認定に際しては「抽象的な所作によって内面を表現する古典舞踊から,庶民の生き生きとした姿を描く雑踊まで、幅広い芸域を高度に保持するに至った」という評価が記されている[2]。
娘は、琉球舞踊家で琉球舞踊 重踊流 二世宗家の志田真木[10]。
脚注
[編集]- ^ “文化審議会答申(重要無形文化財の指定及び保持者の認定等)について”. 文化庁 (2021年7月16日). 2022年5月2日閲覧。
- ^ a b c d e f g h “II.解説(「文化審議会答申(重要無形文化財の指定及び保持者の認定等)について」別紙)” (PDF). 文化庁 (2021年7月16日). 2022年5月3日閲覧。
- ^ “琉球舞踊 重踊流”. choyoryu.com. 2022年5月4日閲覧。
- ^ “「心と芸、戦争でなくならず」 琉舞・重文保持者の志田房子さん 芸歴80年を語る(上)”. 琉球新報デジタル. 2022年5月4日閲覧。
- ^ “琉球舞踊 重踊流”. choyoryu.com. 2022年5月4日閲覧。
- ^ “琉球舞踊 重踊流”. choyoryu.com. 2022年5月4日閲覧。
- ^ “「初心の一歩から」 人間国宝に琉球舞踊 志田房子さん”. 共同通信(47NEWSへの転載). (2021年7月16日) 2022年5月2日閲覧。
- ^ “Interview:志田房子 伝えることが仕事 琉球舞踊の立方で初の人間国宝”. 毎日新聞. (2021年7月27日) 2022年5月2日閲覧。
- ^ 『官報』号外232号、令和5年11月6日
- ^ INC, SANKEI DIGITAL (2016年3月20日). “【花形出番です】先達の踊り、重ね生かす 琉球舞踊重踊流二世宗家・志田真木さん(3)”. 産経ニュース. 2022年5月4日閲覧。
外部リンク
[編集]- 宗家 志田 房子(SHIDA Fusako) - 琉球舞踊重踊流