徳川彰子
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徳川 彰子(とくがわ あきこ、1900年(明治33年)10月26日 - 1991年(平成3年)12月3日[1])は、日本の社会運動家。水戸徳川家13代当主・徳川圀順の妻。京都高等女学校卒業。京都府出身。
生涯
[編集]子爵・石野基道の四女として生まれる[2]。京都高等女学校卒業。前妻の英子と死別した水戸徳川家13代当主・徳川圀順の後妻となる。また女性社会運動家としても活動し、大日本婦人会東京支部長や母子愛育会会長などを歴任[3]。 1954年(昭和29年)の歌会始では「おほぢより わが背につづき 五十年を うゑつぎきつる これの林は」の和歌を残している[4]
1970年(昭和45年)、常磐神社あおい会の20年の歩みを綴った『ときわ』を出版[5]。
著書
[編集]脚注
[編集]- ^ 『平成新修旧華族家系大成』下巻(霞会館、1996年)p.172
- ^ “徳川(德川)氏(御三家・水戸徳川家)”. 世界帝王辞典. 2023年5月18日閲覧。
- ^ 『全国各種団体名鑑』(1974年)
- ^ “昭和29年歌会始お題「林」”. 宮内庁. 2023年5月18日閲覧。
- ^ “ときわ”. CiNii. 2023年5月18日閲覧。