徳川匡時
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時代 | 江戸時代後期 |
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生誕 | 文化2年閏8月13日(1805年10月5日) |
死没 | 天保10年10月12日(1839年11月17日) |
幕府 | 江戸幕府 |
氏族 | 田安徳川家 |
父母 |
父:徳川斉匡 母:閑院宮美仁親王第一王女・貞子女王 |
兄弟 | 匡時、斉位、慶壽、松平慶永、慶頼、慶臧、近姫、鑅姫、鋭姫、猶姫、鐐姫、欽姫、猗姫、愛姫、千重姫、純姫、筆姫ら10男19女 |
徳川 匡時(とくがわ まさとき)は、江戸時代後期の田安徳川家の世嗣。
略歴
[編集]3代当主・徳川斉匡の次男として誕生。母は斉匡の正室・裕宮貞子女王(閑院宮美仁親王第一王女)。
田安徳川家の嫡男であったが、父・斉匡は兄で11代将軍・徳川家斉の子である斉荘を養子に迎える。このため、匡時は病弱を理由に天保7年(1836年)8月、廃嫡された。天保10年(1839年)、35歳で没した。