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御船島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
御船島
三重県側から見た御船島(2018年)
所在地 日本の旗 日本三重県南牟婁郡紀宝町
座標 北緯33度44分12.7秒 東経135度59分11.1秒 / 北緯33.736861度 東経135.986417度 / 33.736861; 135.986417座標: 北緯33度44分12.7秒 東経135度59分11.1秒 / 北緯33.736861度 東経135.986417度 / 33.736861; 135.986417
面積 0.0022 km²
最高標高 9 m
御船島の位置(日本の東海地方・北陸地方・近畿地方内)
御船島
     
プロジェクト 地形
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御船島付近の空中写真。
画像左下方向から右上方向に熊野川が流れ、中ほどにある楕円形の島が御船島である。右岸の市街地(新宮市)のすぐ東側(画像の外)に熊野速玉大社がある。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成(1976年撮影)

御船島(みふねじま、御舟島)は、熊野川河口近くにある無人の川中島堆積岩からなり、面積約2,200平方メートル[1]、行政上は三重県南牟婁郡紀宝町に属する。

1キロメートルほど下流の対岸に鎮座する熊野速玉大社和歌山県新宮市)の例大祭・熊野速玉祭神事である御船祭では、神輿を奉じた神幸船の渡御に合わせて、この島の周りで早船の競漕が行われる[2][3]。島には御船明神が祀られており、全体が熊野速玉大社の社地である[1]

国の史跡熊野三山」(2000年平成12年〉11月2日指定、2002年〈平成14年〉12月19日分離・追加指定・名称変更)の一部[4]ユネスコ世界遺産紀伊山地の霊場と参詣道』(2004年〈平成16年〉7月登録)の構成資産の一部[5]

2011年(平成23年)9月の台風12号に伴う大雨で島は濁流に飲み込まれ、繁茂していた樹木がなぎ倒される被害を受けた[6][7]。このため同年の御船祭は中止された[6]。災害から2年を経た2013年(平成25年)には樹木が再生した[8]

[編集]
  1. ^ a b 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983
  2. ^ 上野 1998:22
  3. ^ 豊島 1992:212
  4. ^ 熊野三山”. 国指定文化財等 データベース. 文化庁. 2010年6月12日閲覧。2002年(平成14年)12月19日、熊野三山が史跡「熊野参詣道」から分離・名称変更された際に、御船島を含む熊野速玉大社境内が追加指定された。文部科学省 (2002年11月15日). “史跡等の指定 等について”. 2010年6月13日閲覧。
  5. ^ 世界遺産登録推進三県協議会 2005: 39,75
  6. ^ a b 「観光 台風の爪痕深く 三重南部 キャンセル相次ぐ 熊野古道、神事を中止」日本経済新聞2011年10月15日付朝刊、名古屋版社会面21ページ
  7. ^ 宮崎園子 (2011年9月20日). “世界遺産の島にも台風禍 和歌山・熊野速玉大社”. 朝日新聞社. 2012年2月18日閲覧。
  8. ^ "御船島 いのち芽吹く―熊野速玉大社 16日「例大祭」"朝日新聞2013年10月4日付朝刊、熊野版29ページ

文献

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  • 上野 元、1998、「神馬渡御式と御船祭」、加藤 隆(編)『熊野三山信仰事典』、戎光祥出版 ISBN 4900901075
  • 世界遺産登録推進三県協議会、2005、『世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道』、世界遺産登録推進三県協議会(和歌山県・奈良県・三重県)
  • 豊島 修、1992、『死の国・熊野 - 日本人の聖地信仰』、講談社〈講談社現代新書〉
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会(編)、1983、『角川日本地名大辞典 24三重県』、角川書店 p. 1643 全国書誌番号:83035644

関連項目

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