御堂筋ダイビル
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御堂筋ダイビル | |
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情報 | |
旧名称 | 東洋工業大阪支社 |
用途 | 事務所 |
設計者 | 竹中工務店 |
施工 | 竹中工務店 |
建築主 | 東洋工業(現マツダ) |
管理運営 | ダイビル |
構造形式 | 鉄骨鉄筋コンクリート構造 |
敷地面積 | 1,576.91 m² |
延床面積 | 13,399.13 m² |
階数 | 地下3階、地上8階、塔屋3階 |
高さ | 31.0m[1] |
着工 | 1962年(昭和37年)8月[1] |
竣工 | 1964年(昭和39年)9月 |
所在地 | 大阪府大阪市中央区南久宝寺町4-1-2 |
座標 | 北緯34度40分46秒 東経135度30分0秒 / 北緯34.67944度 東経135.50000度座標: 北緯34度40分46秒 東経135度30分0秒 / 北緯34.67944度 東経135.50000度 |
御堂筋ダイビル(みどうすじダイビル)は、大阪市中央区南久宝寺町4-1-2に位置する事務所ビルである。
概要
[編集]御堂筋沿いに位置し、ダイビルが所有・管理を行っている賃貸オフィスビルである。
1964年(昭和39年)に、東洋工業(現マツダ)の大阪支社ビルとして建設され、1階はショールームとして使われいた。
外壁はステンレス製のカーテンウォールで、工場で製造し、現場での施工を短期できるように工夫されていた。設計・施工の竹中工務店は昭和30年代に、1958年(昭和33年)竣工の新朝日ビルディングや1962年(昭和37年)竣工の新阪急ビルなど、他にも金属外装の大型ビルを建設していた[2]。また、通常なら高さ制限一杯の9階建てにするところを、8階建てにして事務室の床を二重床(OAフロア)にするなどの機能面でも工夫されていた[3]。
オイルショック下の東洋工業の経営不振により売却され[4]、1975年(昭和50年)3月にダイビルにより取得された[5]。
ダイビルは、当ビルを2020年末に閉鎖し、2023年度中に建て替えを完了させることを発表している[6]。
受賞等
[編集]- 建築業協会賞(BCS賞)(1966年)[7]
- 生きた建築ミュージアム・大阪セレクション[8]
出典
[編集]- ^ a b 第7回建築業協会賞受賞作品 東洋工業大阪支社 (PDF)
- ^ 【都市を生きる建築(35)】マイカー時代到来を象徴する建物…御堂筋ダイビル (1/2ページ) - 産経WEST 2015年6月14日
- ^ 日本建築協会 御堂筋ダイビル
- ^ マツダ#オイルショック下の経営危機、マツダ再建を参照
- ^ ダイビル株式会社 有価証券報告書 第148期
- ^ 御堂筋ダイビルを20年末に閉館/23年度中に建て替え完了めざす/ダイビル | 建設ニュース 2018年5月25日
- ^ 受賞作品検索 | BCS賞 | 日本建設業連合会
- ^ 御堂筋ダイビル大阪市 生きた建築ミュージアム・大阪セレクション