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影山光洋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

影山 光洋(かげやま こうよう、本名:影山 正雄、1907年5月23日 - 1981年3月1日[1])は、日本の報道写真家である。

日暮里駅4番線での終戦後の買い出し列車(1946年 影山光洋撮影)

略歴

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静岡県浜松市に生まれ[1]、若い頃から写真撮影に親しむ。浜松商業卒業後、画光舎に勤める。その後、東京高等工芸学校(現・千葉大学)に進み(一期生)、卒業後朝日新聞社写真部に勤める。報道写真を中心に、戦前から戦後にかけて、日本の世相を写し続けた。作品の対象となった事件性のある出来事としては、例えば、二・二六事件南京陥落、山下・パーシバル会談などを挙げることができる。写真の記録性を著しく重視し、その点を徹底したことから「記録の鬼」と呼ばれ、戦後はフリーカメラマンとして活動した[2]

代表作

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  • 芋っ子ヨッチャンの一生

主要著書・写真集など

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  • ある報道写真家の見た昭和30年史(影山光洋・雄鶏社・1955)
  • 芋っ子ヨッチャンの一生(影山光洋・新潮社フォトミュゼ・1995)
  • 影山光洋(日本の写真家14・岩波書店・1997)岩波書店による紹介
  • 写真昭和50年史(影山光洋・講談社・1975)
  • 昭和の女(影山光洋・朝日新聞社・1965)
  • 古城にうたう(影山光洋・読売新聞社編・鹿島出版会発行・1966)

展覧会

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脚注

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  1. ^ a b 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」『影山 光洋』 - コトバンク 2021年5月16日閲覧
  2. ^ 影山光洋 realbum.jp 2024年2月1日閲覧

関連項目

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外部リンク

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