張志傑
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基本情報 | |||||||||||||||
生年月日 | 2007年1月30日 | ||||||||||||||
没年月日 | 2024年6月30日(17歳没) | ||||||||||||||
性別 | 男性 | ||||||||||||||
国籍 | 中国 | ||||||||||||||
出身地 | 浙江省嘉興市 | ||||||||||||||
選手情報 | |||||||||||||||
利き腕 | 右 | ||||||||||||||
種目 | 男子シングルス | ||||||||||||||
主な戦績 | |||||||||||||||
国際大会 |
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BWFプロフィール |
張 志傑(ちょう しけつ、ツァン・ジージェ、英語: Zhang Zhijie、2007年1月30日 - 2024年6月30日)は、中華人民共和国の男子バドミントン選手[2]。
世界大会の競技中に心臓発作によって17歳で死亡。
経歴
[編集]2024年のダッチ・ジュニアでは、決勝で1歳年上でアジアジュニア選手権王者の胡哲安を破って優勝した。
翌月のドイツ・ジュニアでは、準決勝で再び胡哲安をストレートで破るが、決勝で同胞の王子峻に敗れた。
同年のアジアジュニア選手権では、グループステージ2日目の試合中に心不全によって亡くなった。中国代表チームは、張の意志を引き継いで優勝を果たし、表彰台では金メダルとともに彼のユニフォームが掲げられた[3]。
死去
[編集]2024年のアジアジュニア選手権において、団体戦で日本の川野寿真との対戦中、張は11-11の場面で心不全によって突然コート上に倒れた。病院に搬送されるも、当日の夜に死亡した[4]。
審判の許可無しに試合中の選手に触れると、該当選手が失格になるといった競技ルールが存在したため、医療チームはすぐにコートに立入ることができず、張の元に駆けつけた後も心臓マッサージ等の応急処置を施さなかった[5]。この杜撰な対応が世界から問題視されることとなった。
同国の女子代表の陳雨菲や、インドの女子代表であるシンドゥ・プサルラは、自身のSNSアカウントで哀悼の意を表した[6][7]。
世界バドミントン連盟、アジアバドミントン連盟、中国バドミントン協会、インドネシアバドミントン協会は、張の死に対して深い悲しみを表明した。
ジュニア国際大会では、16歳でU19のアジアジュニア王者となった天才胡哲安に、1歳年下ながらに2連勝するなど、圧倒的な才能を持った将来有望な選手であった。
脚注
[編集]- ^ 死後に授与。
- ^ ZHANG Zhi Jie - BWF
- ^ "バドアジアジュニア選手権・団体戦で中国が優勝 亡くなった張志傑選手に金メダル捧げる" - 人民網日本語版(2024年7月3日)
- ^ “バド中国代表ジュニア選手が死去、試合中にコートで倒れ”. www.afpbb.com (2024年7月1日). 2024年7月2日閲覧。
- ^ "バド選手が試合で倒れて「AEDの使用もないまま」死亡 日本AED財団「痛恨の極み」、緊急メッセージに込めた思い" - Yahoo!ニュース(2024年7月3日)
- ^ “China badminton player, 17, dies of cardiac arrest after collapsing on court | New Straits Times” (英語). NST Online (2024年7月1日). 2024年7月2日閲覧。
- ^ "<バドミントン>6年ぶり優勝の中国、試合中に倒れ死亡した張志傑のユニホームを持ち表彰台へ" - Infoseek