広井忠男
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広井忠男 ひろい ただお | |
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生年月日 | 1943年5月22日(81歳) |
出生地 | 日本 新潟県小千谷市小栗山 |
出身校 | 早稲田大学 |
現職 |
日本海企画社専務取締役 ニチリョク監査役 |
選挙区 | 小千谷市選挙区 |
当選回数 | 4回 |
在任期間 | 1975年4月 - 1991年4月 |
広井 忠男(ひろい ただお、1943年5月22日 - )は、日本の著作家、政治家。全国木喰研究会初代会長や新潟県議会副議長(第68代)を務めた。新潟県小千谷市出身。
略歴
[編集]伝記の記載を年譜形式のみとすることは推奨されていません。 |
- 1943年(昭和18年)- 5月22日、新潟県小千谷市小栗山の木喰観音堂近くに生まれる。
- 1961年(昭和36年)- 3月、東京都立新宿高等学校を卒業。
- 1965年(昭和40年)- 3月、早稲田大学を卒業。
- 1971年(昭和46年)- 12月、衆議院議員臼井荘一の秘書を務める。
- 1975年(昭和50年)- 4月、新潟県議会議員(自由民主党)に初当選[1]。
- 1979年(昭和54年)- 4月、新潟県議会議員(自由民主党)に当選(無投票、2期)[2]。
- 1982年(昭和57年)- 社団法人小千谷青年会議所理事長に就任。
- 1983年(昭和58年)- 4月、新潟県議会議員(自由民主党)に当選(3期)[2]。
- 1987年(昭和62年)- 4月、新潟県議会議員(自由民主党)に当選(4期)[2]。
- 1990年(平成2年)- 7月13日、新潟県議会第68代副議長に就任。
- 1991年(平成3年)- 4月、新潟県議会議員選挙(自由民主党)で落選[2]。
- 4月29日、副議長を退任。
- 9月、日本海企画有限会社を設立。
- 1993年(平成5年)
- 7月、第40回衆議院議員総選挙に日本新党公認・新党さきがけ推薦で新潟県第3区から立候補し、8位で落選。
- 12月、日本海企画有限会社専務取締役に就任。
- 1998年(平成10年)- 6月、ニチリョク監査役に就任。
著書
[編集]- 『歌のない信濃川舟歌』(信濃川治水百年記念事業:建設省)
- 『上野駅青春の旅立ち』(新潟日報事業社)
- 『越後の木喰上人』(新潟日報事業社)
- 『蛍になった特攻兵・宮川三郎物語』(新潟日報事業社)
- 『第38代横綱 羽黒山物語』(新潟日報事業社)
- 『野に生きる仏 木喰上人』(三条印刷)
- 『日本の闘牛 その風土と民俗』(高志書院)
- 『木喰仏の魅力・越後・信濃』(共著 郷土出版社)
- 『南太平洋戦没兵士の詩集 赤松の影』(日本海企画社)
役職
[編集]- 全国木喰研究会顧問
- 日本ペンクラブ会員
- 日本民俗学会会員・新潟県民俗学会理事
- 日本旅行作家協会
- 新潟県体育協会顧問・評議員
- 新潟県アーチェリー協会会長
- 新潟県相撲連盟顧問
- 新潟県商工会連合会推薦講師
- 早大新潟県稲門会体育会幹事長
- 都立新宿高校北斗同窓会長