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平山 敏雄(ひらやま としお、1920年10月26日 - 2005年4月27日)は、日本の経営者。
新潟日報社社長を務めた。東京都出身。
1944年に東北帝国大学法文学部を卒業し、1945年に新潟日報社に入社。1971年に取締役に就任し、1976年に常務、1979年に専務を経て、1983年には社長に就任。1990年から取締役相談役を務めた。
1990年11月に勲三等瑞宝章を受章した。
2005年4月27日胃がんのために死去[2]。84歳没。
- ^ 2005年 4月30日 日本経済新聞 朝刊 p31
- 人事興信所 編『人事興信録 第36版 下』人事興信所、1991年。