川村真樹 (バレエダンサー)
川村 真樹 (かわむら まき、1979年2月9日[1] - )は、岩手県出身のバレリーナ。英国ロイヤル・バレエ学校卒。1999年より新国立劇場バレエ団に所属し、2011年5月から2013年6月までプリンシパルを務めた。
長身で手足の長さに恵まれ、踊りはしばしば「気品ある美しさ」と評せられていた[2][注釈 1]。
来歴
[編集]岩手県滝沢村(現・滝沢市)出身[3]。5歳のときバスで10分の距離[4]にある盛岡市の黒沢智子にバレエを習い始める。引っ込み思案な性格を心配した祖母が連れて行ったのが始まりだという[5]。1994年に地元の滝沢南中学校を卒業した後も、進学せずに黒沢の下でバレエの研鑽を続けていた[3]。
1994年8月、日本バレエ協会が主宰する全日本バレエコンクールのジュニア部門で第1位となる[6]。翌1995年2月、15歳のとき、モスクワでの開催となったローザンヌ国際バレエコンクールにおいてスカラシップ賞を受賞した。このとき審査員の一人であった堀内元は川村について、「・・・表現力があり、色気もあって魅力的。女性ではベストと思った」[7]と評した。
奨学金を得てロイヤル・バレエ学校に入学し、1997年夏に卒業するまで2年間学ぶ[4]。最終学年となった2年目にはK・ズヴェレビロワ[注釈 2]に師事し、のちにバーミンガム・ロイヤル・バレエ団でプリンシパルとなるキャロル=アン・ミラーと成績1位を争った[9]。川村は卒業後に帰国し、黒沢の下で助教を務めていた[10][注釈 3]。
1999年秋から新国立劇場バレエ団の契約ダンサーとなる。最初のシーズンで石井潤振付 『十二夜』 の主役ヴァイオラに抜擢される。全幕物では初めての主役として2007年に 『眠れる森の美女』 でオーロラ姫を踊った。その後は 『白鳥の湖』、『ライモンダ』 など、主に古典作品で主役を務めた。
2011年5月に最高位のプリンシパルとなり、約2年後の2013年6月、ドン・キホーテ公演でのキトリ役を最後に引退した[11]。
主な出演歴
[編集]年 | 演目 | 役 | 相方 | 振付 | バレエ団 |
---|---|---|---|---|---|
2000 | 十二夜 ★ | ヴァイオラ | 佐藤 崇有貴 | 石井 潤 | 新国立劇場 |
2002 | こうもり | チャルダッシュ | プティ | ||
2004 | ライモンダ | サラセン人 | 牧改訂 | ||
2009 | ライモンダ | 碓氷 悠太 | |||
2005 | ドン・キホーテ | 森の女王 | ファジェーチェフ改訂 | ||
2009 | キトリ | 芳賀 望 | |||
2013 | 厚地 康雄 | ||||
2005 | 眠れる森の美女 | リラの精 | セルゲーエフ改訂 | ||
2007 | オーロラ姫 | 貝川 鐵夫 | |||
2006 | ジゼル | ミルタ | |||
シンデレラ | 仙女 | アシュトン | |||
2008 | 白鳥の湖 | オデット/オディール | 中村 誠 | 牧改訂 | |
2010 | A・ウヴァーロフ | ||||
2012 | 貝川 鐵夫 | ||||
2004 | くるみ割り人形 | 花のワルツ | ワイノーネン改訂 | ||
2009 | 金平糖の精 | 芳賀 望 | 牧改訂 | ||
2011 | ラ・バヤデール | ニキヤ | |||
2008 | アラジン | シルバー ★ | ビントレー | ||
2011 | ダイヤモンド | ||||
2010 | ガラントゥリーズ | ||||
カルミナ・ブラーナ | ローストスワン | ||||
2011 | パゴダの王子 | エピーヌ ☆ | |||
2010 | シンフォニー・イン・C | (第2楽章プリンシパル) | 貝川 鐵夫 | バランシン | |
火の鳥 | 火の鳥 | 福岡 雄大 | フォーキン |
※紫は演目における主役を表す。★は当該作品の初演・初日への出演、☆は初日ではないものの、一連の初演の中で出演したことを表す[注釈 4]。同じ役・相方での同一演目の出演は最初の年のみ記した。
注釈
[編集]- ^ ローザンヌ入賞時点での身長は162cm[1]。
- ^ チェコスロバキア出身でロイヤル・バレエ学校の教師。英国内では "Katya Zvelebilova" と表記される[8]。
- ^ 1997年夏の時点では「来年はヨーロッパのバレエ団のオーディションを受けるつもり」と話していた[4]。
- ^ ここでは世界初演のみを問題とし、他のバレエ団や舞台で上演済みのいわゆる「バレエ団初演」は無印とする。
出典
[編集]- ^ a b 「世界の登竜門 「楽しんで踊れた」」 岩手日報、1995年2月13日夕刊、7面
- ^ 例として、“長身の伸びやかなラインやしとやかな風情には気品高い美しさがあるが・・・” (長野由紀 「新国立劇場・白鳥の湖──ヒロイン2人、対照的な持ち味」 日本経済新聞、2010年1月27日夕刊、20面)、“凛とした気品を感じさせながらも優しく王子を導く川村のリラの精は・・・” (守山美花 「川村真樹」 Danza 第20号 2009年2・3月号 〔第5巻第1号〕、p.9)
- ^ a b 「ローザンヌ国際バレエ 川村さんが入賞」 岩手日報、1995年2月7日朝刊、17面
- ^ a b c 「ロイヤルで苦手な動きを克服 川村真樹」 ダンスマガジン 1997年11月号 〔第7巻第12号〕、新書館、p.57.
- ^ 『バレリーナへの道』 No.24、文園社、1999年5月、ISBN 4-89336-135-X、p.120.
- ^ 「全日本バレエ・コンクール開催年譜」 日本バレエ協会
- ^ 佐々木三重子 「ローザンヌ国際バレエ 審査員の堀内元氏に聞く」 読売新聞、1995年2月24日東京夕刊、11面
- ^ "Staff list", The Royal Ballet School
- ^ 前掲 『バレリーナへの道』 No.24、および "The soubrette speaks out", Dancing Times, October 2011 (Vol.201 No.1214) p.18. 両記事で川村とミラーは互いの名前を出していないが、二人は共にズヴェレビロワに学んでおり、かつ1997年卒だった。
- ^ 「門下生(11)川村真樹」(黒沢智子 『私にはバレエがある』、1998年、IBC岩手放送編、p.216)
- ^ 新国立劇場バレエ団ダンサーについてのお知らせ、2013年6月4日、新国立劇場
公式サイト
[編集]- 川村真樹 - 新国立劇場