岡次郎右衛門
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岡 次郎右衛門(おか じろうえもん)は、能楽ワキ方高安流の岡家当主で用いられる名。
概要
[編集]岡家は加賀藩お抱え能役者の家系で、京都の野村金剛家のワキ方をつとめていた。明治維新後も京都にとどまり活動していたが、1900年(明治33年)前後に十六世岡千五郎豊忠が没してからは、能楽師としての後継者が不在となった[1]。1947年(昭和22年)、十七世岡次郎右衛門豊康が名跡を継承[1]。
十七世
[編集]十七世 岡 次郎右衛門 (岡治郎右衛門;1907年(明治40年)1月3日 - 1999年(平成11年)2月26日)は、ワキ方高安流能楽師。
9歳で叔父のワキ方高安流・谷田民之助に入門。1947年(昭和22年)岡次郎右衛門の名跡を継承。1957年(昭和32年)日本能楽会(重要無形文化財保持者に総合認定された者の団体)が結成され、1965年(昭和40年)から日本能楽会会員。1982年(昭和57年)勲五等双光旭日章。1984年(昭和59年)京都府文化賞功労賞[2]、1986年(昭和61年)京都市文化功労者[3]。1991年(平成3年)催花賞[4]。90歳まで舞台出演し、京都能界ワキ方の代表的役割を果たしていた。1999年(平成11年)老衰のため死去、92歳没。
脚注
[編集]- ^ a b “東海能楽研究会 - 年報 第2号(1997年度)”. sites.google.com. 2024年9月14日閲覧。
- ^ “京都府文化賞”. 京都府. 2024年9月14日閲覧。
- ^ “京都市:京都市文化功労者”. 京都市情報館. 2024年9月14日閲覧。
- ^ “催花賞 | 野上記念法政大学能楽研究所”. nohken.ws.hosei.ac.jp. 2024年9月14日閲覧。
参考文献
[編集]- 西野春雄「能界展望(平成十一年)」『能楽研究 : 能楽研究所紀要』第25巻、野上記念法政大学能楽研究所、2001年3月、163-178頁、doi:10.15002/00020554、hdl:10114/00020554、ISSN 0389-9616、CRID 1390572174782491008。 物故者欄、176頁