コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

山田耕介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
山田 耕介
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1959-12-03) 1959年12月3日(64歳)
出身地 長崎県雲仙市
選手情報
在籍チーム 前橋育英高等学校
背番号 監督
ユース
チーム
法政大学 島原商業
監督歴
チーム
前橋育英高等学校
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

山田 耕介(やまだ こうすけ、1959年12月3日- )は、日本サッカー指導者である。

前橋育英高等学校群馬県)サッカー部監督[1]・学監理事

ザスパクサツ群馬会長[2]

来歴・人物

[編集]

長崎県南高来郡国見町(現・雲仙市)出身。

高校時代は小嶺忠敏率いる島原商にサッカー部に所属し、3年時にはキャプテンとして全国高等学校総合体育大会に出場し、同校初優勝に貢献[1]

高校卒業後は法政大学に進学し、1年時と3年時に 総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント優勝を経験。[1]

大学卒業後は1982年に前橋育英高校へ社会科教諭として赴任。同時にサッカー部監督に就任、チーム強化に乗り出す。

就任初年度に同校をインターハイ初出場に導くと、1985年には全国高校サッカー選手権へ出場を果たす。その後は、奈良知彦監督率いる前橋商と並んで群馬の双璧を築くこととなる。

1990年代中盤以降は全国屈指の強豪として知られるようになり、1998年97年01年08年の選手権ではベスト4進出を果した。

2009年のインターハイで悲願の初優勝を達成すると、2014年には鈴木徳真渡邊凌磨らを擁して選手権準優勝[3]2016年にも準優勝[4]を果たし、翌年の第96回全国高等学校サッカー選手権大会では決勝で流通経済大柏を破り、悲願の選手権初優勝[5]を成し遂げた。 さらに2022年のインターハイでは同校3度目となる全国制覇に導いた。[6]

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. ^ a b c https://yab.yomiuri.co.jp/adv/hosei/graduate/vol25.php
  2. ^ 【Gマガ】前橋育英・山田耕介監督は、なぜザスパ会長になったのか?”. 群馬サッカーNEWS Gマガ. 2022年1月4日閲覧。
  3. ^ https://www.jfa.jp/match/alljapan_highschool_2014/match_page/m47.html
  4. ^ https://www.jfa.jp/match/alljapan_highschool_2016/match_page/m47.html
  5. ^ https://koko-soccer.com/report/803/805-2018cs010801/amp
  6. ^ https://web.gekisaka.jp/news/soutai/detail/?364796-364796-fl