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山田桃作

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

山田 桃作(やまだ とうさく、1857年3月29日安政4年3月4日[1] - 1915年大正4年)1月13日[2])は、日本の政治家衆議院議員(1期)。

経歴

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山口県出身[2]。防長米改良組合長、所得税調査委員、大津郡会議員、同参事会員、三隅村会議員、山口県会議員となる[2]。また、萩銀行、東洋漁業各(株)取締役、大韓勧農(株)取締役社長となる[2]

1908年第10回衆議院議員総選挙において山口県郡部から立憲政友会公認で立候補して当選した[3]。衆議院議員を1期務め、1912年第11回衆議院議員総選挙には出馬しなかった。1915年に死去した。

脚注

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  1. ^ 衆議院『第二十五回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1908年、23頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』686頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』50頁。

参考文献

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  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。